世界初、ミリ波GaN HEMTの開発にAI技術を導入

西口 賢弥

深層学習を適用したミリ波GaN HEMTのシミュレーションモデル

伝送デバイス研究所
西口 賢弥

住友電工グループが次世代トランジスタとして世界に先駆けて開発した窒化ガリウムトランジスタ、GaN HEMT。スマートフォンの高速通信や自動車衝突防止システムなどの先端技術に用いられるデバイスとして、私たちの生活を支えています。効率とスピードを重視する研究開発の現場では、デバイスの挙動を再現するシミュレーションモデルが使われています。しかし、Gan HEMTはその複雑な動作や特性から完全にモデル化することが難しいと言われていました。

このたび私たちは、AI分野で活用されている深層学習(ディープラーニング)を用いて人工ニューラルネットワーク(Artificial Neural Networks: ANN)を構築することで、特にモデル化が難しいとされていたミリ波GaN HEMTの挙動を精緻に再現する手法を導き出すことに成功しました。これにより、エンジニアの勘や経験に頼ることなく、実験値を完璧に再現するモデルを作成することが可能となりました。

未来の情報社会に期待される次世代技術、ミリ波GaN HEMT

高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor: HEMT)は、電気の流れをコントロールする半導体素子の一種です。住友電工グループは長年に渡るトランジスタ技術をベースに、優れた材料物性を持つ窒化ガリウム(GaN)を用いたGaN-HEMTを世界に先駆けて製品化し、市場を牽引してきました。

そして今、時代は無線通信のさらなる大容量化を求めており、それに応えるのが「ミリ波GaN HEMT」です。ミリ波とは、30GHz(ギガヘルツ)から300GHzの周波帯の電波を指し、高速で大量の情報を伝送することが可能な周波数帯域として5G通信や自動運転、宇宙開発などの幅広い分野での活用が期待されています。ミリ波GaN HEMTは、高度な信号処理や高速でのデータ通信などに応用される一方で、回路の設計や解析は非常に複雑です。そこで私たちが検討したのが人工知能によるディープラーニングを取り入れたANNモデルの作成です。

GaN-HEMT
GaN-HEMT

世界初、ディープラーニングでミリ波帯の挙動を再現

人間の脳神経系を模倣したニューラルネットワークでは、多数のニューロン(神経細胞)が相互に接続され、信号を伝えています。これを取り入れたANNモデルは大量のデータを使って自ら学習し、与えたタスクに対して最適な出力を予測します。

しかし、これまでANNモデルをミリ波帯に適用した例はありませんでした。というのも、ミリ波は極めて複雑な波形形状を持ち、ディープラーニングを適用しても一つひとつのデータに捕らわれてデータ全体の正確な傾向がつかめない過学習に陥る問題があるためでした。そこで私たちが着想したのが予測モデルに制約をかけるという手法です。ディープラーニングが必要とされる電子回路の電流源にのみANNを適用することで過学習を回避し、ミリ波帯でGaN HEMTの挙動を高精度に再現する画期的なモデルを世界で初めて実現したのです。

さらに私たちは、開発したANNモデルを用いてミリ波 GaN 増幅器を試作し、その計算精度を検証しました。その結果、私たちの開発したANN モデルがミリ波 GaN HEMT の挙動を正確に予測できることが示されました。これによって高周波増幅器の定量的な分析と高度な回路設計が可能となり、今後の飛躍的な性能向上に貢献すると考えられます。

西口 賢弥

国際カンファレンスで認められた研究成果

ミリ波帯という超高周波数帯でのANNモデルは本研究が世界初の事例であり、その成果は社内外で広く取り上げられました。通信業界に携わる多くの企業や専門家が参加する国際カンファレンスIMSでも登壇の機会をいただき、技術やトレンドの学術研究における重要なステージで私たちの研究開発の新規性と重要性が認められました。

ディープラーニングは、多くの可能性を秘めた技術であり、アイディア次第でさまざまな事柄への応用が考えられます。現在は、AIによるGaN HEMTの自動設計に取り組んでいます。私はもともと半導体研究を専門としており、AIやプログラミングに関しては書籍やインターネットから情報を集める試行錯誤の日々でしたが、ディープラーニングを表現する行列計算を解き続けることで、ようやく「AIの学習」の意味を理解しました。GaN HEMTについては、物理現象において未だ解明できていない部分が多く、エンジニアの勘と経験に頼った研究開発に陥りがちです。このように複雑で専門性の高い分野こそ、AIに学習させる実験データの質と量を向上させることによってより客観的な分析と正確な設計が可能になると確信しています。今後は、私たちの作り出したモデルをお客さまにもご提供することで当社グループのGaN HEMTの魅力を伝え、世界市場でのシェア獲得に貢献していきたいと考えています。

​西口 賢弥

関連情報

・[学会] IEEE/MTT-S International Microwave Symposium-IMS 2022発表『Neural Network based GaN HEMT Modelling for Millimeter Wave Power Amplifiers』
・[学会] 14th Topical Workshop on Heterostructure Microelectronics発表
・[論文] Journal of Applied Physics 132.17 (2022): 175302

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