未来の自動車を形作る5Gミリ波通信実現への挑戦
「5Gミリ波通信向けメタマテリアル技術を用いた車載アンテナ」
株式会社オートネットワーク技術研究所
主席 三木 祐太郎
今日、自動車はもはや単なる移動手段ではなく、「走るスマホ」と称されるほど高度な通信機能を備えるようになってきました。私が取り組んでいる5Gミリ波通信技術の研究は、自動運転や高速データ通信といった未来の自動車への進化を支えています。今回の論文では、特に車両内で使用される高機能5Gミリ波アンテナの開発に焦点を当てています。このアンテナは、電波放射特性の乱れを最小限に抑え、より広い範囲での5G通信を可能にして、自動運転の実現を加速すると期待しています。
通信の限界を突破する革新的アンテナの開発
自動車産業における通信技術は、新たな局面を迎えています。現在、多くの自動車に搭載されている4G(LTE)通信装置は、日常の運転支援には十分な機能を提供していますが、自動運転などの先進的な機能をサポートするには限界があります。そのため、今後はより高速で信頼性の高い5G通信技術が導入されると予想されます。特に、ミリ波と呼ばれる28GHz帯を利用することにより、同時接続、低遅延、大容量データ通信が可能となり、自動車の機能に革新をもたらすと期待されています。
しかし、5Gミリ波通信の実装には課題が伴います。特に車載アンテナにおいては、波長の短さや搭載場所に起因する電波放射特性の乱れが大きな課題となっています。この課題に対応するため、私たちはメタマテリアル技術を応用した高機能5Gミリ波アンテナを開発しました。メタマテリアルと聞くと何か新しい材料を使っているかのようですが、実際にはプリント基板のアンテナ周辺に約1.5mmの金属パターンを周期的に配置することで、アンテナの性能を飛躍的に向上させることができる不思議な現象です。私たちは、この現象を応用することで、電波放射特性の乱れを最小限に抑え、車両がどの方向を向いていても広範囲にわたって5G通信ができるようにしました。
さらに、アンテナ自体の性能だけではなく、それが通信システムとして自動車に搭載された場合の性能も詳細に評価しています。電波暗室内でターンテーブルにアンテナを設置し、それを回転させることで、5Gミリ波アンテナを搭載した車両が走行中にアンテナを制御して基地局と通信する状況を模擬し、5G信号を用いてシステムを動的に評価しています(詳しくは、『住友電工テクニカルレビュー』205号で報告しています)。こうした評価を通じて、通信品質のさらなる向上と通信システムの進化に寄与したいと考えています。
あらゆる電波を遮断・吸収する電波暗室で
さらなる高性能アンテナへの挑戦
すでに一部の自動車には運転支援技術が搭載されていますが、ドライバーなしで走行できる完全自動運転の実現にはまだまだ多くの技術革新が必要です。例えば、未来社会を象徴するような、Web会議をしながら自動運転で移動する車を実現するには、車載センサーの情報だけではなく、クラウドに保存された3次元地図データや交差点にあるセンサーからのライブ情報を組み合わせて運転を制御する必要があります。このようなデータを取り込むには、高速データ通信を可能にする5Gミリ波の活用が不可欠です。基地局の整備や通信エリアの拡大などインフラ面での課題はありますが、これらの基盤が整えば、そんな未来は一気に現実味を増します。
現在、当社グループでは低損失を特徴とするフッ素樹脂基板の開発にも注力しています。この基板は、アンテナの感度を高め、電波の到達範囲をさらに広げると期待されています。この革新的な基板を5Gミリ波アンテナに適用するにはまだ多くの技術的課題がありますが、それらを克服し、メタマテリアル技術と組み合わせることにより、さらに高い性能を持つアンテナの開発を目指したいと考えています。
通信性能を評価するための緻密なセットアップ
技術者としての展望
私にとって、研究開発活動の醍醐味は、日々の課題を克服していく過程にあります。アンテナは無線通信の最前線を担う重要な部品であり、どれだけ高性能なモジュールやアンプを使用しても、アンテナの性能が伴わなければ通信は成り立ちません。アンテナは性能で他社に差をつけられる数少ないハードウェアの一つであるため、材料開発部門と密に協力し、技術やノウハウの蓄積を進めています。また、私たちのチームは、基盤研究部門としてオートネットワーク技術研究所内の高周波技術全般にわたる技術支援を行っており、ワイヤハーネスのノイズ放射現象解明を含む幅広い製品分野での課題解決にも取り組んでいます。今後も、一つ一つの技術的課題の克服を通して、自動車と社会全体の通信インフラの進歩に貢献していきたいと考えています。
関連情報
[論文] 三木祐太郎、山岸傑、桑山一郎、榊原久二男、「EBGを用いたパッチアレーアンテナの指向性改善」、信学総大、BS-1-1
[論文] 三木祐太郎、山岸傑、桑山一郎、榊原久二男、「AMCを用いたミリ波帯アンテナの垂直面指向性改善」、信学総大、B-1-133
[論文] 山岸傑、「ミリ波帯プリント基板アンテナに関する検討」、信学技報、AP2022-20
[論文] 三木祐太郎、山岸傑、桑山一郎、村田博司、「車載5G ミリ波アレーアンテナのビームフォーミングと通信性能の動的評価」、住友電工テクニカルレビュー No.205
[論文] 五十嵐俊、宮脇大輔、山岸傑、桑山一郎、五百旗頭健吾、豊田啓孝、「ツイストペアケーブルからの不要電磁波放射のメカニズム解明」、住友電工テクニカルレビュー No.204
[製品情報] フッ素樹脂基板 高周波FPC