映像圧縮、品質維持、セキュリティの高度化から、
4K/8K、3D、XRの新技術開発まで――
映像IP配信を牽引した軌跡

西本裕明

映像通信の進化と当社の役割
フェロー
情報通信事業本部 技師長兼
新規事業マーケティング部 技師長
西本 裕明 

私は、開発と事業運営の交差点で仕事をしてきました。私が映像通信の分野を志した理由は、インターネットに用いられるIP通信の可能性に大きな魅力を感じたからです。IP通信は、映像情報の伝達手段として、より強靭で便利な社会インフラになると確信していました。そして、将来的にはそのトラフィックの大部分を映像アプリケーションが占めるようになると予想し、そこに技術的にもビジネス的にも大きな可能性があると感じました。

インターネットとの親和性に優れたIP映像配信技術を獲得

当社の映像配信技術への取り組みは、私が入社する5年前の1978年、世界初の双方向CATVシステム「Hi-OVIS」の運用開始にまで遡ります。この革新的なプロジェクトでは、一般家庭約150戸と公共施設6ヶ所とを光ファイバで接続し、映像の双方向通信を行うという、世界初の試みでした。当社はこのプロジェクトで、光ファイバ、光データリンク、送受信装置、映像交換機など、核心となる製品と技術の開発に取り組み、国内外から大きな注目を集めました。

西本 裕明

1993年、日本においてインターネットサービスが開始されました。その2年後、阪神淡路大震災が発生し、私が映像IP通信に取り組むきっかけをもたらしました。通信・放送インフラが被災する中、地元の企業や大学、研究機関、個人がインターネットを通じて被災地の画像や安否情報などを世界中に発信しました。これを機に、インターネットの強靭性と利便性が広く認識されるようになりました。私たちのチームは、インターネットのインフラを用い、最新の映像圧縮伸長チップ(IBM Endicottから提供)を採用したIP映像配信システムの開発に着手しました。その技術は、1997年度の長野オリンピックの道路監視や、国土交通省の河川・道路監視システムに採用されました。この取り組みによって、高効率の映像圧縮技術とインターネットの親和性に優れたIP映像配信技術の実績を積むことができました。これは、当時他社が手掛けていない分野での挑戦であり、市場を切り拓く取り組みでした。いま振り返ってみると、当社の映像配信技術のマイルストーンの一つであったと思います。

⽋損が前提のネットワーク上で、有償映像品質を実現するという難題

1999年、ADSLの国際標準が制定されたことにより、日本は世界に先駆けて、高速かつ大容量のデータ通信が可能なブロードバンドの時代へと突入しました。同時に、デジタルハイビジョンの普及が進む中で、求められる映像品質のレベルはますます高くなっていきました。しかし、この進展の背景には、大きな課題が存在していました。インターネットの通信手順であるTCP/IPは、情報をより迅速に送信するためにデータを小さなパケットに分割し、受信側で再構成する仕組みを採用しています。このパケットは、伝送中に破損、消失することがあり、これらの欠損パケットを再送することでサービス品質を維持していました。そのため、視聴者が集中する時間帯では、このシステムが帯域を増大させ、更なるパケットの欠損を引き起こし、映像の乱れやフリーズといった問題を引き起こしていたのです。

西本 裕明

当時、映像配信サービスの品質改善において、欠損パケットを再送以外の方法で補完することが不可欠でした。この重要な課題に対処するため、2002年には国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の前身である総務省所管の通信・放送機構(TAO)の国家プロジェクト(通称:国プロ)を受託し、UC Berkeley発の西海岸ベンチャーであるDigital Fountain社、京都大学、大阪大学との共同研究を開始しました。この重大な任務に対して、当時の上司からは、「覚悟はあるのか。国プロは国民の血税を使ってやるもの。できなかったでは済まされない。やるからには絶対に成功させろ。」と言われました。覚悟と緊張、そして「こんなチャンスはない。必ず成功させる」という強い意欲が沸きました。欠損パケットの再生には、トルネードコードやLTコードといった誤り訂正コード:FEC(Forward Error Correction)が鍵となります。Digital Fountain社の専門知識に学びながら、私たちはLTコードをさらに改良した新たなFECを搭載したIP-STB(Set Top Box)を開発しました。世界初となるFEC効果の実証トライアルサービスを成功させ、2004年にはNTTグループの商用サービスに採用されました。この成果は、当時としては世界最高水準の映像品質維持技術であったと自負しています。

社外とのコラボ、オープンイノベーションの実践

2007年は、当社の映像配信事業における重要な年でした。NTTグループと共同で、世界初となるフルハイビジョン地デジ放送をIP再送信するためのIP-STB(Set Top Box)の開発、及び客先での再送信許諾の取得支援というチャレンジングなテーマに取り組みました。このプロジェクトでは、いくつかの重要な目標を達成する必要がありました。一つは、電波による放送とIPによる再送信との間の遅延時間をわずか2.5秒に抑えて、映像、音声、データの品質を保つことで放送コンテンツの「同一性保証」を実現することでした。さらに、コンテンツ保護のために導入された利用や複製を制限する仕組みであるDRM(Digital Rights Management)の実装に細心の注意を払い、膨大な試験リソースを投入しました。コンテンツの品質と保護を維持するという目標のもと、夜を徹して開発に取り組む私たちのオフィスは「不夜城」と呼ばれていました。

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私たちが開発したIP-STBは、市場において他社の追随を許さず、2年間にわたって市場シェア100%を維持し、1機種だけで100万台近い出荷を達成しました。この成果の背景には、優秀なパートナーとのコラボレーションがありました。このプロジェクトに限らず、私は社外のパートナーと連携・協働することで成果を出してきました。オープンイノベーションの実践とも言えると思います。自社だけでは解決が困難な問題も多く存在しますし、顧客のニーズや求められる技術は時代と共に変化しています。このような変化に柔軟に対応することが、新しい市場を切り拓く鍵だと思っています。

4K+10Gによる飛躍

4K/8Kの登場は、映像配信市場に大きなインパクトを与えました。当社はこの変化に応え、4K IP放送の普及に欠かせないFTTH(Fiber To The Home)の高速化を、10G-EPON装置の開発と拡販によって推進しました。同時に、STB(Set Top Box)や配信サーバの4K対応にも取り組み、2014年には、北米の映画配給会社の4Kプレミアムコンテンツのセキュリティ要件を満たすIP-STBとして世界で初めて認定されました。これらの取り組みが相まって、2020年12月には当社の4K対応STBの出荷台数が100万台を突破し、2021年5月にはBS4K放送とYouTubeなどのAndroid TVに対応したモデルも100万台の大台を達成しました。2022年8月には、国内事業者向けのSTB出荷累計が500万台を超えるという快挙を成し遂げ、10G-EPONと4K-STBの国内トップシェアを確保しました。これにより、日本の4Kコンテンツの流通とIPTV、CATVの魅力強化に大きく貢献しました。

次世代の3D、XR映像配信サービス実現に向けて

そして、4K/8Kに続く、映像配信市場における今後の大きな可能性の一つとして、3DおよびXR(Cross Reality)映像配信サービスへの注目が集まっています。この分野は、急速な市場の成長が期待されており、HMD(Head Mounted Display)、XRグラス(現実世界と仮想世界を融合して新しい体験を作り出す技術を組み込んだ眼鏡)、または3Dフラットパネルディスプレイを表示デバイスとして使用します。膨大な3D空間の情報から、視聴者の視線に応じたXR映像を合成し、手軽に全国の視聴者に提供することを目指しています。これを実現するためには、生成系AI技術や機械学習技術を活用したクラウド(データセンター)の演算サーバーを活用し、家庭や職場の視線センサーや表示端末と連携することが効果的だと考えられます。

西本 裕明

リアルな映像体験の実現には、MTP(Motion to Photon)遅延の極小化が不可欠です。これは、視線の移動に追従した映像が表示されるまでの往復遅延時間を指します。特にXR映像サービスにおいて、サイバー酔いを感じさせることなく没入体験を提供するためには、MTP遅延の許容値を10ミリ秒以下に抑える必要があります。これは、現在の5G通信上での2D映像サービスや双方向ゲームの許容遅延100ミリ秒に比べて、桁違いに厳しい要求です。このMTP遅延10ミリ秒を実現するためには、クラウドコンピューティングと現場の通信ネットワーク・アプリケーションを、IOWN(Innovative Optical & Wireless Network)構想のAPN(All-Photonic Network)などを用いて、かつてない高速大容量かつ低遅延に接続することが必要です。加えて、省電力、レジリエンス、セキュリティの確保など、一層の技術開発が求められます。3DやXR映像配信が実現すれば、コンサートやスポーツなどのエンターテインメント分野だけでなく、医療、建築、スマートシティ、交通システム、ものづくり分野など、多岐にわたる領域での応用が期待されます。これは、社会全体や人々の生活に大きなインパクトを与えることになるでしょう。

ピンポイントでもいいからNO.1になること

私の使命は、安全で安心、かつ快適な生活に貢献し、サスティナブルな社会を実現するための要素技術を提供することです。この使命を胸に、映像通信分野での技術開発と事業創出に取り組んできました。その根底にあるのは、「こういう製品を実現できれば、社会も、人生も、もっと豊かになる」というシンプルな想いと、その実現へ向けた社内外のパートナーとの共同作業です。重要なのは、会社の利益だけではなく、お客様やエンドユーザーの視点に立つことです。「今は存在していないが、それがあればお客様やエンドユーザーの役に立つ、喜んでもらえる」という思いを持ち続けることで、目指すべき道が徐々に明確になっていきます。若い頃、高強度な短距離用光ファイバ:H-PCF(Hard Plastic Clad Fiber)とコネクタ製品を開発し、FA(Factory Automation)や鉄道車両向けに市場を立ち上げた背景にも、そのような思いがありました。この製品はニッチな市場ではあるものの、売上シェアNO.1を獲得し、35年以上経った今でも販売されています。映像配信分野でも、「世界初」に挑戦し、実現してきました。私が若い方々に伝えたいのは、ピンポイントでもいいから「NO.1になること」の重要性です。たとえ小さな山の頂であっても、そこに登ることで視野が開け、次に目指す山の頂とパートナーの姿が見えてきます。しかし、一つの研究から成果を得るまでには時間がかかります。スタンダードになるには少なくとも10年はかかりますし、常に成功するわけではありません。だからこそ、一つでも成功を収めることが、次のステップへの道を拓きます。そして何よりも、共に目標を達成するための社内・社外のパートナーづくりを大切にしてほしいと思っています。

西本 裕明