海水淡水化や水資源中のレアアース回収に貢献

宮田 大輝

膜蒸留法に適した高耐水圧PTFE多孔質中空糸膜
エネルギー・電子材料研究所
主査 宮田 大輝

地球は「水の惑星」と言われますが、全水量の97%は海水であり、淡水の大部分も北極と南極に氷として存在しているため、人類が利用できる水はわずか0.01%しかありません。このわずかな水が、飲料水として生命を支えているだけでなく、農業や工業などのあらゆる産業を成り立たせています。人口増加や新興国の経済発展、気候変動、環境保全など、水に関する問題は深刻で、私たちにはこれらの課題に対処する大きな使命が課せられていると感じています。
住友電工グループは、世界に先駆けて実用化したPTFE(ポリテトラフルオロエチレン/汎用プラスチック素材)の多孔質化技術により、PTFEポアフロン®中空糸膜(以下、PTFE膜)を開発しました。ろ過によってきれいな水を作り出すこの先端水処理技術は、日本のみならず、アジアや北米などさまざまな地域の環境保全に貢献しています。今回の研究では、この「水」への取り組みをさらに進め、海水を淡水に変えて、水資源からレアアースを回収する次世代のPTFE膜の製品化に成功し、水不足や環境問題の解決に向けた新たな一歩を踏み出しました。

海水から淡水を取り出すのに適した膜蒸留法

住友電工グループのPTFE膜は、これまで上下水処理や産業排水処理用途で市場をリードしてきました。汚水を多孔質のPTFE膜でろ過し、固形分だけを取り除く処理方法です。しかし、近年では海水の淡水化需要が高まっており、固形物だけではなく海水に溶け込んだ塩分も効果よく分離できる方式が求められています。

そこで私たちが注目したのが、高い回収率で淡水を得られる膜蒸留法です。この方法では、海水を加熱し、特殊な膜で水蒸気だけを通過させて淡水を取り出します。これまで多くの研究が行われてきましたが、膜蒸留に対応できる多孔質膜は見つかっていませんでした。私たちはPTFE膜の適応性が高いと考え、膜蒸留用PTFE膜の開発に取り組みました。

*PTFE(四フッ化エチレン樹脂)膜
PTFEは、非粘着性、低摩擦性、耐薬品性、耐候性、電気特性、耐熱性などの特性を備え、さまざまな産業用途で使用されているプラスチック素材です。疎水性が高く、単一素材でできた中空糸膜としては、他の素材と比較して8~10倍の強度を持っています。住友電工グループはこれらの特性に着目し、水処理ろ過膜として効果的に活用しています。

膜蒸留法と膜ろ過による水処理の違い
膜蒸留法(左)と膜ろ過による水処理(右)の違い

膜蒸留法に適したPTFE膜を世界に先駆けて開発

課題は、高い耐水圧と気体透過性を両立させることでした。大量の水蒸気を通すには、膜に高い圧力がかかります。多孔質膜の孔を小さくすれば強い膜を作ることができますが、水蒸気が透過しにくくなり、得られる淡水の量が減って、効率が下がります。

この課題を克服するべく、私たちはまず従来の水処理用中空糸膜の多層構造を耐水圧に対応した単層構造に改め、そして小孔径化を検討しました。次に、気体透過性を向上するために中空糸膜を細く薄く成形し、モジュールに大量に充填しました。こうして、薄肉化によって中空糸膜単体での透過性を高め、さらに充填本数増加によってモジュールの流量を増やしました。また、ポアフロン®を生産する住友電工ファインポリマー株式会社にもヒアリングを重ね、材料の見直しや試作評価を繰り返しました。その結果、模擬海水でのテストでは、平均水流量17L/(㎡・h)、塩分除去率99%という高い数値を実現し、実用レベルの膜蒸留用PTFE膜を世界に先駆けて完成させることができました。海水の淡水化だけではなく、レアアースの回収や塩害の解決など、さまざまな分野での活用が期待されます。


PTFEポアフロン®中空糸膜と膜表面の拡大写真
PTFEポアフロン®中空糸膜(左)と膜表面の拡大写真(右)

世界中の水不足を解決したい

入社して以来、世界中の水不足を解決したいという思いは変わりません。水処理開発部は小さな組織ですが、基礎研究から海外での生産技術開発まで、年齢に関わらず幅広く業務を任せてもらえます。また、開発した製品が社会に貢献していることを実感できるのもこの仕事の魅力の一つです。今はPTFE膜の生産技術を向上させ、コストを抑えて多くのお客さまに利用してもらうことに注力しています。将来的には、住友電工グループの総合的な力を活かして、メンテナンスなどの顧客サービスを含めた独自の水処理システムを提供し、世界中の水処理問題を解決して環境保護に寄与するビジネスを展開したいと考えています。


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