スマート社会の実現に貢献する、異種材料集積光デバイス

平谷 拓生

異種材料集積を用いた低消費電力波長可変レーザ
伝送デバイス研究所
平谷 拓生

モノをインターネットにつなぐIoT技術で自動運転や遠隔医療などを可能にし、生活の質を向上させるスマート社会。その実現に向けて、伝送されるデータの量は年々増加し、2030年には家庭でのデータ使用量は現在の10倍に達すると予測されています。しかし、求められる伝送容量を一つの光トランシーバで賄うことはできないため、多チャネル化が進み、それに伴う消費電力の増加など従来技術の延長では超えられない課題が明らかになりつつあります。そこで、私たちはその解決手段の一つとして、異なる材料の組み合わせによって相乗効果を生み出す異種材料集積技術に着目し、光通信において重要な役割を果たす光デバイス、波長可変レーザの開発に取り組みました。試作を通して、広い波長範囲での安定した動作と消費電力の低減を実証し、スマート社会の実現に向けて大きく前進しました。

光デバイスを進化させる異種材料集積技術

光通信用デバイスに使われる半導体の材料には、Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体やシリコンなどがあります。Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体は元素周期表のIII族とV族の元素から成る化合物で、発光するという特徴があるため、光源や高速・高効率で動作する変調素子、受光素子などに用いられます。一方、シリコンは加工がしやすく、シリコンフォトニクスデバイスとして高密度集積による素子の小型化や大口径ウェハを用いた低コスト化などのメリットをもたらします。いずれも、通信インフラやデータセンタなどで広く使用されています。

これらの光デバイスは単一材料で作製されており、デバイス自体の高性能化には限界が見え始めています。従来の単一材料光デバイスで将来の高速・大容量伝送に対応するためには、光デバイスの数を増やす必要があり、省エネルギー・省スペース化の大きな課題となります。

そこで私たちが着目したのが、Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体デバイスとシリコンフォトニクスデバイスのそれぞれのメリットを1つにした集積素子をつくりだす、異種材料集積技術です。異種材料集積の手法として、私たちはシリコンフォトニクスウェハ(円形基板)上にⅢ-Ⅴ族化合物半導体ウェハを接合するウェハ接合を選択しました。他の手法に比べ高密度な集積が可能で接続ロスが少ないためです。


平谷 拓生
 

異種材料集積波長可変レーザの試作

最初のステップとして、私たちは異種材料集積技術を用いた波長可変レーザを試作しました。波長可変レーザは、光の波長を変えることができる光源で、波長を多重化する光通信に欠かせない光デバイスです。デバイスの作製工程には、異なる材料のウェハ同士を接合する工程と半導体を加工する工程があります。まず、利得領域となる光を発するための結晶を成長したⅢ-Ⅴ族化合物半導体ウェハと、光を伝える光導波路や光を反射するループミラー、特定の波長の光のみを透過するリング共振器などの素子を形成したシリコンフォトニクスウェハを準備します。そして、これら2枚のウェハを、直接接合します。

次に、利得領域とシリコン光回路を低損失で接続するために半導体を加工し、2段テーパ導波路を形成します。幅が徐々に広がっていくテーパ構造を2つ組み合わせた2段テーパ導波路は、光の形状を緩やかに変えることができ、材料や形状の異なる導波路間の接続損失を抑える役割を果たします。これら2つのテーパは、Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体の利得領域側とシリコン光回路側に形成されます(図:n型、p型)。利得領域側のテーパには形状の異なる2つの導波路(図:リッジ導波路、ハイメサ導波路)を組み合わせた2段リッジ構造を取り入れました。これにより、接続損失を抑えつつ、広い波長範囲で光出力の変化を抑えることができ、安定した動作を得ることができました。


ウェハ接合を用いた異種材料集積波長可変レーザの構造光結合部の電子顕微鏡写真
ウェハ接合を用いた異種材料集積波長可変レーザの構造図と光結合部の電子顕微鏡写真 

スマート社会実現のために

今回、情報伝送量の増大に対応するために、Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体デバイスとシリコンフォトニクスデバイスを異種材料集積により組み合わせた光デバイスについて検討を行いました。ウェハ接合技術によって異種材料集積を実現し、Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体とシリコンの間の光結合効率が高い構造を導入した波長可変レーザを試作した結果、高い波長可変性能と低消費電力動作を確認することができました。

次のステップとして、レーザだけではなく、さまざまな機能の素子を1つのチップに集積した小型光デバイスの検討をすでに進めています。現在、大学との共同研究も含め、社内外の多くの方々と協力し、技術的な議論がしやすい環境の中で、日々刺激を受けながら研究開発活動を行っています。私たちの技術が豊かなスマート社会の実現に貢献することを願い、一つ一つの課題を解決していくことで、これからも着実に研究開発を進めていきたいと思います。

職場の先輩たちと
職場の先輩たちと

関連リンク

[論文] T. Hiratani, N. Fujiwara, T. Kikuchi, N. Inoue, T. Ishikawa, T. Nitta, M. Eissa, Y. Oiso, N. Nishiyama, and H. Yagi, “III-V gain region/Si external cavity hybrid tunable lasers with InP-based two-storied ridge structure, ” ISLC 2021, paper TuA3-6 (2021)

[論文] T. Kikuchi, T. Hiratani, N. Fujiwara, N. Inoue, T. Nitta, M. Eissa, T. Mitarai, Y. Wang, Y. Oiso, N. Nishiyama, and H. Yagi, “III-V gain region/Si waveguide hybrid lasers with InP-based two storied ridge structure by direct bonding technology,”  Jpn. J. Appl. Phys., vol. 61, 052002-1-10 (2022)

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