モビリティの今と未来を「ノイズ」から守る〜CASEの難題EMCへの挑戦~
求められるEMC対策の新基準「電磁的な静粛性」
現代の自動車、なかでもEVやHEVの内部は「走る精密電子機器」であると同時に「電磁ノイズの発生源」でもある。この相反する性質は、開発現場に「EMC*」という新たな課題を突きつけている。ノイズの発生を抑え、ノイズに耐えられること。モビリティと社会インフラが繋がるうえで重要な要件がEMCだ。オーネット研パワーインテグレーション研究室の廣田将義の言葉には、それを打破しようとする強い使命感が宿っている。
「EVのモーターを駆動させるため、バッテリーからの電力を最適に制御する心臓部がインバータです。しかし、インバータ動作時に生じる電圧・電流の変動が高周波の『電磁ノイズ』を生みます。他にも車内はノイズ源となる様々な機器で構成されています。これらを放置すると、カーナビの画面や音の乱れだけでなく、最悪の場合はシステムの誤動作など、人命に関わる重大事故を招きかねません。自動運転が高度化するほど、車内の『電磁的な静粛性』の確保が、モビリティの信頼性を左右する重要事項となります」(廣田)
従来、ノイズ対策はカーメーカーが車両全体で調整してきたが、電動ユニットの分業化や大出力化・高密度化に伴い、各ユニットのサプライヤー側での厳格な「封じ込め」が必須となっている。例えばインバータでは、入口と出口に磁性体コアなどを配電系に組み込んだEMCフィルタを配置し、ノイズの出入りを遮断する。しかし、性能を追求するほど従来のコアは大きくなり、レイアウトの深刻な制約となっていた。
*EMC:Electro Magnetic Compatibility 電磁両立性
「つなぐ」から「守る」へ。住友電工グループの「付加価値」生存戦略
「これまでのコネクタや端子台は、いわば金属や樹脂を組み合わせた『受動部品』でした。しかし、このままではいずれグローバルな価格競争に飲み込まれ、コモディティ化して埋没していく。その危機感が、私たちを技術革新へと突き動かしています」(廣田)
廣田が導き出した戦略は、住友電工グループが圧倒的なシェアを持つ車載製品に「ノイズを封じ込める」という新たな機能を付与する発想の転換だった。
「ノイズ対策のために、大きなコアを無理やり追加するのではなく、コネクタや端子台といった当社商材ごとに適した配置配策を実行することでコア体格を小型化し、機能は維持したままシステム全体の体積を大幅に削減する。既存の『つなぐ』技術に付加価値を宿し、能動的なインフラへと進化させる。これこそが、他社には真似できない私たちの生存戦略です」(廣田)
「理想」と「現実」の板挟みを越えて。ゼロからの逆転
「2021年に顧客から駆動系インバータ向けEMC設計の打診がありました。しかし、当時、そのノウハウはゼロに等しい状態でした」(廣田)
最大の壁は、理想的な回路設計を追求する開発サイドと、量産効率を重視する製造サイドとの間に生じる隔たりだった。ノイズを極限まで抑えようとすれば、配線は短く複雑になり、製造現場からは「この構造では組めない」と意見が出る。「理想の性能か、量産の安定性か」。
廣田はその板挟みになりながらも、現場に足を運び、粘り強い調整を繰り返した。性能を一切妥協せず、かつ25万人の従業員が支える生産ラインで安定して作れる「最適解」を模索し続けた6年間。その結実として、2027年に初の量産化を開始できる体制が整った。この「作り込める先端技術」への昇華こそが、廣田らチームが勝ち取った揺るぎない信頼であった。
グループシナジーを活かした「理想のEMCフィルタ」
しかし、廣田はさらにその先を見据えている。外部から調達した部品を組み立てるだけでは、いずれ訪れるコスト競争に勝てないという危機感があるからだ。
「私たちが目指すのは、当社シーズ(材料)と当社商材を融合した独自のEMC対策配電部品です。現在の主流は、EMCコアを後から組み付けるため、寸法精度や組立公差を見込んだ設計をせざるを得なく全体が大型化してしまいます。どうすれば顧客に喜ばれる小型化を実現できるのか。それを解決する鍵が、グループの総合力でした」(廣田)
そこで、これまでオーネット研が培ってきたEMC設計・評価技術と、住友電工グループが持つ金属・樹脂材料技術を紡ぎ合わせ、当社配電商材とEMC対策部材を一体統合した究極のEMCフィルタコンセプトを打ち立てることに成功。現在も要素技術開発に邁進中である。
「住友電工グループに任せれば、ノイズ対策は解決する。そう信頼される開発パートナーとしての地位を確立したい」(廣田)
廣田は、もはやサプライヤーの枠を越え、カーメーカーと未来を共創する戦略的パートナーへの脱皮を宣言している。電気と情報をつなぎ、見えないノイズを取り除く。その一つひとつの技術の地道な積み重ねが、次世代モビリティ社会の「安心・安全」という、最も重要なインフラを、根底から支え続けていく。