電力の安定供給のために地域間をつなぐ〜新北本(しんきたほん)直流青函トンネルプロジェクト〜

電力の安定供給のために地域間をつなぐ〜新北本(しんきたほん)直流青函トンネルプロジェクト〜

避けられたかもしれない大停電

新北本連系線敷設ルート
新北本連系線敷設ルート

2018年9月、北海道胆振東部地震によって北海道全域に及ぶ大規模停電が発生した。

ちょうどこの時、工事の全工程を終えた新北海道本州間連系設備(以下、新北本連系線)では、2019年3月の運用開始に向けた試験運転が始まろうとしていた。北海道と本州の間には、前述した通り電源開発が1979年に運用をスタートした北本連系線(海底ケーブル)がすでに存在し、北海道の電力需要期には本州からの電力融通を受けて安定供給を図ってきた。その後、1993年に第2次ケーブル、2012年には老朽化した第1 次の代替として直流XLPEケーブルが敷設されていた(合計送電容量60万kW)。しかし、北海道の電力供給を常時安定化させるために、新たに30万kWを補完するのがこの新北本連系線であり、青函トンネル内の地中送電工事が新北本直流青函トンネルプロジェクトである。

北海道電力(株)(以下、北海道電力)で基幹系工事センター所長としてプロジェクトを指揮していた福島知之氏は当時の心境をこう明かす。

「北本連系線の作業停止や将来の大規模改修などへの対応として連系線の拡充は以前から計画されていました。さらに東日本大震災に続く計画停電が契機となって電力融通の強化、連系線の拡充が急がれるようになりました。新北本連系線は震災の2ヶ月後から調査・設計を進め、連系線の工期としてはタイトな、着工から5年というスケジュールで運用開始を目指しました。『新北本連系線ができていれば、北海道全域停電は起きなかったんじゃないか』そういわれるたびに当時の悔しさを思い出します」(福島氏)

青函トンネル図
青函トンネル図

過酷なトンネル環境への挑戦

公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団) 福島知之氏(北海道電力(株)執行役員)
公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団) 福島知之氏(北海道電力(株)執行役員)

ケーブルを敷設する場所は「青函トンネル」の中。北海道電力にとっても、住友電工にとっても、これは前例のないチャレンジ。福島氏はその基本計画を策定した責任者でもあったが、「本当にできるのか」という漠たる不安がよぎることも正直あったと語る。

「それでもなぜ青函トンネルなのかといえば、トンネル内なら運用開始後に人が入ってケーブルを『目で見る』ことができるからです。点検や保守作業がしやすい。ただ青函トンネルといっても新幹線が走っている本坑ではなく、並行しているもっと小さい作業坑です。その天井付近に敷設するのですが、敷設する場所も作業空間もとても狭く、設計・工法・現場管理にはトンネル内の環境に合わせた工夫が必要でした」(福島氏)

1年かけてトンネル内の環境調査を重ねながらルート計画や設備構成が練り上げられた。住友電工も調査工事の段階から参加し、安全確実に工事を進めるための状況把握を入念に行った。それでも実際に工事が始まると、大小さまざまな問題が毎日のように発生した。

「真っ暗な上に海底のため、常にトンネル内の湿度は80%を超える。さらに本坑を新幹線が通過する風圧で塵がもうもうと舞い上がる。そんな工事環境にもかかわらず、通常8年から10年かかる連系線の工事を計画通り5年で完了できたのは奇跡に近い。一言ではいえないのですが改めて考えてみると、次々出る課題を全体で共有し、どれひとつとして妥協せず、すべての人が力を合わせて解決していった結果だと思います。なにより24kmに及ぶ直流XLPEケーブルを短時間で納品した住友電工の技術力は大きかったと思います」(福島氏)

求められる国内直流連系線

2018年に大規模停電が発生した。これ以降、連系線の重要性が論じられている。新北本連系線では、1990年代に高電圧直流(HVDC)用に開発されたばかりの自励式と呼ばれる交直変換器が国内の連系線として初めて採用された。「直流変換方式を選ばない直流XLPEケーブルは住友電工の高い開発力、技術力によるものです。住友電工にとって価値あるプロジェクトだった」と電力プロジェクト事業部の阿部和俊は自信を持って語る。

電力プロジェクト事業部 部長補佐 阿部和俊
電力プロジェクト事業部 部長補佐 阿部和俊

「直流送電網は、広域に電気を融通するいわば高速道路のようなもので、家庭や会社に電気を送る地域の送電網は一般道。この一般道は交流なので、交直変換器は、道路でいうとインターチェンジのような役割を担います。交直変換には、他励式、自励式があるのですが、住友電工の直流XLPEケーブルは交直変換方式を選びません。新北本連系線は自励式の交直変換器に『直流XLPEケーブル』を適用可能にした初の国内事例です。連系線では今後、同様の仕様へのニーズが増すでしょう。直流送電ケーブルのトップブランドを自任するにふさわしい実績をつくれたと思っています」(阿部)

連系線というスキームの 大きな一歩

新北本連系線の完成を見届けた福島氏は、現在は出向先である公益財団法人北海道科学技術総合振興センター(ノーステック財団)で北海道の産業振興に携わっている。

「政府が進める『骨太の方針』のひとつに、『ゼロカーボン北海道』があります。北海道は、洋上風力をはじめとする再生可能エネルギーで全国随一のポテンシャルを誇ります。日本が『2050 年カーボンニュートラル』を目指す上でフロントランナーとしての役割を担っていくと考えています。ただ再生可能エネルギーは気象条件に依存するため、供給量の多寡に対応できる強靭な送電網を必要とします。将来さらに連系線が拡充すれば、本州から電力融通を受けるだけでなく、北海道でつくった再生可能エネルギーを本州に送る電力事業がさらに加速するでしょう」(福島氏)

日本全体が大きな送電網でつながり、いろいろな場所や方法で発電される電気を消費地に送り届ける。新北本連系線は、そんなスキームの実現に向けた大きな一歩だったといえる。現在国内の洋上風力発電プロジェクトを推進する阿部は「直流XLPE ケーブル」のこれからについて抱負を語る。
「発電量の不安定な再生可能エネルギーを普及させるには、供給量を安定化させるための広域連系が不可欠です。『直流XLPEケーブル』は国内だけでなく、海外の連系線プロジェクトでも存在感を増していくことになるでしょう。海外での経験値と知見を高め、国内の需要増にも応えていきたい」(阿部)

エネルギーの歴史が大きく転換しようとするうねりの中で、直流XLPE ケーブルの住友電工は電力事業者の伴走者たる自らの役割を全うしていく。

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