多国籍チームによる快挙、設備稼働率99.8%~NEMOプロジェクト~
欧州で見せた直流XLPEケーブルの真価
気候変動対策で世界を牽引してきた欧州では、国境をまたいだ「電気の貿易」がすでに当たり前に行われている。その送電網に住友電工の直流XLPEケーブルが採用されている。
イギリス-ベルギー国際連系線 ── イギリスおよびベルギー発の再生可能エネルギーを利用しCO₂削減に貢献すると同時に、両国間で、安定かつ安価な電力を供給することを目的とする。住友電工は、National Grid社(イギリス)とELIA社(ベルギー)による合弁会社Nemo Link社と2015年に契約を締結し、このプロジェクトで欧州の連系線市場への初参入を果たした。全長約140km、北海をまたぐ海底区間130kmに「直流XLPEケーブル」を製造・敷設。送電電圧は400kV。当時の世界最高電圧を更新し、2019年2月から運用を開始している。本誌創刊号ではそのプロジェクト受注のストーリーを特集したが、今号では「その後」から「現在」までを紹介する。
海底への敷設がイギリス側からスタートしたのは2017年8月。2019年初頭までに工事の全工程を終えなければ運用開始には間に合わない。時間に追われるスケジュールだったが、住友電工は百戦錬磨のエンジニアを送り込んだ。工事チームのメンバーとして現場を指揮した電力プロジェクト事業部の宮崎拓哉もその一人だ。
「トラブルの5割はケーブルをつなぐ工程で発生します。しかし何が起きたらどう対応し管理すればよいか、私たちは『つなぐ』ということに関しては熟知しています。ノウハウを蓄積している我々の強みの部分です。ところが順調に工程を消化していくかに見えた工事終盤に、とんでもない事態が起きてしまいました。いよいよベルギー側での陸揚げまで残り3kmというところでケーブルの敷設が止まったのです。上陸予定地は海水浴場。遠浅の海は大型のケーブル敷設船の航行が難しいため、その地形に応じた工法や作業船が必要だったのですが、どうやらこの工程を任された施工会社の作業方法に問題があるようでした」(宮崎)
「ケーブルが届かない!?」 克服した術
根気よく対応してきたこれまでのトラブルとは次元が違っていた。対応策の検討、Nemo Link社への状況報告、日本の関係部署との協議……そうこうしているうちに現場は海水浴シーズンに重なり、その間作業もできず残された時間はどんどん少なくなっていく。変換所の試験運転をスタートする12月上旬までにケーブルの試験を終えなければならない。ピリピリした空気が工事チームに流れた。「工事遅延も頭をかすめた」と宮崎は明かす。
「結局、急遽別の施工会社を手配し、作業船を変えて何度かトライ。綱渡りでしたが2018年10月にようやく陸揚げは完了しました」(宮崎)
しかし工事チームの欧州メンバーの中にはこの対応に異を唱える者もいた。
「契約が履行されない場合、まずは交渉というのが欧州のやり方。何かあれば交渉中は工事をストップする、ある意味納期が遅れるのは仕方がないというのが普通のようです。でも私たちはNemo Link社と約束した納期を守ることを重視し、工事を止めずに、問題解決に努めました。すべてはお客様のために『自分たちのやるべき仕事』を最優先させようと。欧州のメンバーにはその日本的な顧客第一主義が奇異に映ったかもしれません」(宮崎)
宮崎たちは、心を尽くしてメンバーたちに「住友電工のやり方」を伝えることに努めた。考えや方法は違っても、プロ意識やプロジェクトへの想いは一緒だった。
「工事チームは、イギリスとベルギーを中心とする欧州出身者二十数人と日本人3、4人という体制。私たちが指示を出してリードするといった関係性ではなく、それぞれの仕事を高いレベルでやってもらえるように調整するといったほうが正確かもしれません。そこに気を配って信頼関係を築いていたこともあって、最後は私たちの想いを受け止めてくれました」(宮崎)
パートナーシップを強固にした “transparency”
プロジェクト最大の難局となったベルギー側陸揚げだったが、ELIA社CEOのバート・マース氏は住友電工への信頼をより深める結果になったと語っている。
「工事終盤での業者変更は大きなリスクを伴う決断でしたが、『なぜ問題が起き、今どう対応しているのか』を日本のメンバーは明確に説明してくれました」(マース氏)
イギリスとベルギーの合弁企業としてNemo Link 社が発足し、このプロジェクトの業者選定を協議していた時、「直流XLPEケーブル」に積極的だったELIA社に対して、National Grid 社では欧州での実績を持たない企業に任せることを不安視していたという。その温度差を埋めたのは「日本に来て、製造現場を見てほしい」という住友電工からの熱い提案だった。
「住友電工に海底区間を任せようと決めたのは、技術力はもちろんですが、何かあった時の『transparency(透明性)』を確信したからです」(マース氏)
ありのままを見せる。不都合なことを取り繕ったりしない。誇張もしない。最終的な決め手はそこだったとマース氏は語った。
「製造、輸送、工事、いかなるシーンでもその姿勢は揺るぎないものでした。変換所を担当したSiemens社(ドイツ)とも素晴らしい連携を見せてくれました」(マース氏)
設備稼働率99.8%という成果
高圧直流ケーブルを担当したのが住友電工なら、送電を直流から交流へと変換するコンバーターステーションを担ったのがSiemens社だ。この2社がパートナーを組んだことが、本プロジェクト成功の大きな要因となった。
Siemens社でHVDC部門営業総責任者を務めるヨルゲン・クロエメケ氏は、「つながったのはケーブルだけではなかった」とプロジェクトが果たしたもうひとつの側面に触れた。
「工事チームは5ヶ国が参加する多国籍な編成。日本と欧州はもちろんですが、欧州の国もそれぞれ異なるバックグラウンドを持っています。共通のゴールを目指すには強いパートナーシップが不可欠で、それをどう築くかが課題でした。家族ぐるみで週末旅行に出かけたり、食事に行ったり、仕事以外の時間も大切にしました。互いの文化について理解を深める得がたい機会でした」(クロエメケ氏)
本プロジェクトの成功は2社の関係を揺るぎないものとした。現在も高い信頼関係を持つパートナーとして、共同で新たな技術開発や世界中のさまざまな連系線プロジェクトに参画している。
再生可能エネルギーによる電力供給を行うイギリス-ベルギー国際連系線は、2022年、運用開始から4年目を迎えた。洋上風力発電拡充の追い風も受け、すでにEUの電力インフラの重要な位置を担っている。新型コロナウィルスの感染拡大の影響で、現地入りを断念せざるを得なかった2020年を除き、住友電工メンバーは定期点検にも努めている。そして、今年の冬、Nemo Link社からうれしい知らせが届いた──「2021年の設備稼働率は、過去3年で最高の99.8%!」。高い稼働率は収益の安定化をも示す。住友電工の直流XLPEケーブルは、環境政策先進の地で、確実に真価を発揮している。