直流XLPEケーブル開発に懸けた想い~特殊充填剤 開発秘話~

直流XLPEケーブル開発に懸けた想い~特殊充填剤 開発秘話~

完成したケーブル(イメージ)
完成したケーブル(イメージ)
北本連系線敷設風景
北本連系線敷設風景

空間電荷という壁

電源開発では、北海道と本州を結ぶ北本連系線の第1次海底ケーブルを1979年に完成し運用を開始していた。しかし、敷設したケーブルは油浸絶縁だったため、増設や更新をすることになった場合は環境保護の観点からも直流XLPEケーブルを使いたいとの希望を持っていた。住友電工とともに開発に取り組んだ電源開発(当時)の浅野光正氏は、「住友電工・開発チームの並々ならぬ粘り強さに、『絶対にやり抜くんだ』という熱意を感じた」と当時の様子を振り返る。

電源開発送変電ネットワーク(株) 設備計画部長 浅野光正氏
電源開発送変電ネットワーク(株) 設備計画部長 浅野光正氏

「最大の難関は『どうすれば空間電荷を抑制できるか』でした。電荷というのは目に見えないのですが物体が帯びている電気の量のこと。そして直流電圧を加えた時に絶縁体に蓄積される電荷を空間電荷といいます。これが原因となり絶縁体の性能が十分発揮できず、送電系統に雷を受けた時に絶縁破壊* が起こる危険性があります。直流にXLPE ケーブルを適用できなかった最大の要因がこれでした。空間電荷をなくそうといろいろ試していた時、住友電工から『電荷が存在しても、偏りなく均一に絶縁体の中に散らばっていれば絶縁破壊は起こらないのでは』という斬新な意見が出てきました。そこで絶縁材料である架橋ポリエチレンに充填剤を混ぜ合わせる方法を採用してみようということになったのです」(浅野氏)


読みは当たっていた。試行錯誤の末、開発した特殊な充填剤を加えたことで、ついに空間電荷を抑制することができたのだ。250kVを目標にしたステージ1(1988~1995年)から、500kVを目標とするステージ2(1993年~ 2001年)へと研究開発は進み、すべての目標をクリアした。

おりしも最初に北本連系線に敷設したケーブルが老朽化。代替ニーズに対応し、2012年、ついに「直流XLPE ケーブル」の世界初の実用化を果たすことになる。

「実際の製造となると、長い距離をつくらなければいけません。試作と違って均一の品質を保つことが難しくなります。そのためにはどういう品質管理が必要になるのか、製造工程に関しても2社で議論できたことは大きかった」(浅野氏)

浅野氏は、敷設工事で印象に残っているシーンにも触れた。

「海から来たケーブルと陸のケーブルをつなぎ合わせるところは、人間の手で行います。ケーブルの事故が起きるとすれば、この箇所です。それほどこの工程では高い技術を要するのですが、住友電工の作業員の方々は、技能も工事の管理も信頼のおけるものでした」(浅野氏)

粘り強く卓越したスペックを追求する開発エンジニア。製造現場での徹底した品質管理。その品質を活かし切る丁寧な工事。すべてを高い次元でやり切ろうとする熱意。住友電工の総合力が結実しプロジェクトは完遂できた。

* 絶縁体に加わる電界の強さがある値を超えた時、絶縁体が電気的に破壊し、電気抵抗が急激に低下し大電流が流れること

「混ぜ物を入れる」 という逆転の発想

研究職人生を直流XLPEケーブルとともに歩んだレジェンドがいる。電線・エネルギー事業本部に在籍する片貝昭史だ。入社した1980年代から今日まで、一貫して直流XLPEケーブルの研究開発に専心してきた人物だ

電線・エネルギー事業本部 フェロー 片貝昭史
電線・エネルギー事業本部 フェロー 片貝昭史

「歯がゆい時代が続きました。それでも、大容量送電が可能でかつ環境負荷が少ないケーブルとして実用化を待つ声は多く、研究開発が途絶えることはありませんでした」(片貝)

片貝が研究を開始した当時は、交流500kV XLPE ケーブルの開発の最盛期。その要となる絶縁材料、XLPE(架橋ポリエチレン)とは、架橋といわれる分子構造を変える方法でポリエチレンの高温での軟化を大幅に改善したものだ。

「XLPEをさらに高電圧に対応する絶縁材料とするために、研究開発の現場では『欠陥を入れない、つくらない、入っていない』が求められ、『混ぜ物を入れず』に純粋ポリエチレンに限りなく近くすることが理想とされていました」(片貝)

直流送電ケーブルの絶縁体にもこの考え方が当てはまると思われた。しかし交流送電ケーブルでは見られなかった新たな問題が立ちふさがる。前出の空間電荷が蓄積するなどの理由で、従来のXLPEでは、直流電圧に対しては予想をはるかに下回る絶縁破壊強度しか得られなかった。つまり純粋ポリエチレンによる交流用XLPEケーブルのままでは、直流用として使うことができないのだ。そこで片貝は「混ぜ物を入れる」という方法に発想を転換。充填剤を使うアプローチに踏み出した。高電圧への対応を可能にするために、充填剤の成分をひとつずつ徹底的に洗い直すという地道な作業を続け、ついに問題を解消できる成分と配合を導き出した。さらに微細化、高純度化、高分散化を進めた結果、特殊充填剤にたどり着く。これをXLPEに均一に分散させることで優れた直流絶縁特性を有する材料がついに完成する。これが現在、住友電工が製造する高圧直流送電ケーブルを支える独自のXLPEだ。まさに常識を疑い、粘り強く真実を求めたことによる成果だった。

課電試験の様子
課電試験の様子

「『真実を求めよ』――学生時代の恩師から受けたこの教えを、真摯に実践したことがすべてです」と片貝は感慨深い。この成果は2000年代に入り、広く評価を受けるために大学とのコンソーシアムも組まれ、製品化の準備が進んだ。しかし、採用されるプロジェクトが決まらず、実用化まではしばらく時を待たねばならなかった。潮目が変わってきたのは2010年代。2011年の東日本大震災で、電力会社同士の電力融通の必要性が高まったのだ。そして、それに呼応するかのように、2012年、北本連系線で直流XLPEケーブルの運転開始を迎えた。現在、片貝は住友電工のフェローとして後進の育成に注力するが、開発意欲は尽きない。

「世界中で連系線の拡充は進められていますが、まだまだ足りていないのが現状です」(片貝)

国内においては、政府がクリーンエネルギー戦略として、洋上風力など再生可能エネルギーの電力を北海道から東北・東京などへと送る次世代送電網の整備計画を発表した。電力自由化を推進する欧州では、スーパーグリッドと呼ばれる国際送電網が世界に先駆けて構築され、再生可能エネルギー導入の動きが加わり、国際連系線の整備に拍車がかかる。地域や国によるカーボンニュートラルの実現に向けた動きが本格化してきた。片貝ら住友電工の技術者たちが開発した「直流XLPEケーブル」は、国内外の連系線プロジェクトに向けて、供給を加速させていく。

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