「CO₂を素材に変える」夢を現実に、カーボンリサイクルに挑む

馬場 将人

炭酸鉄合成の実用性検証
アドバンストマテリアル研究所
主席 馬場 将人

「地球温暖化で人類が滅亡する」――小学4年生のときに見た未来予想図が、私の進路を決定づけました。温室効果ガスという「悪いガス」を退治する博士になる、それが私の夢であり、研究開発の原点です。大学で植物の光合成やバイオマス燃料合成の研究に取り組む中で、やがてCO₂を「悪いガス」ではなく、物質循環の一部として捉えるようになりました。排除ではなく、循環による解決へ。そして、自分の手がけた技術を社会に実装し、その変化を見届けるには、研究室の外での実践が必要だと考え、住友電工に入社しました。現在は、CO₂と鉄から炭酸鉄を生成する独自技術「metacol」の開発に取り組み、「排出ガス」だったCO₂を「素材」として活かすカーボンリサイクルの実現に挑んでいます。

CO₂を「ガス」から「素材」へ、住友電工らしいものづくりへの挑戦

住友電工の強みは、銅を電線に、ガラスを光ファイバに、鉄粉を焼結部品にと、身近な素材を独自技術で高機能化し、社会に役立ててきた点にあります。複数の素材を組み合わせ、高性能な製品として安定供給する力もまた、当社ならではの価値です。その延長線上で私が注目したのが、最も身近でありながら、最も活かしきれていない素材、CO₂です。これを固体として扱えるようになれば、当社の強みである素材技術を活かせる可能性があると考えました。

metacolとは、鉄(Fe)と二酸化炭素(CO₂)、水(H₂O)を反応させ、炭酸鉄(FeCO₃)と水素を生成する、常温・常圧下での化学反応技術です。私は、鉄粉にCO₂を含んだ気泡を接触させる独自の反応装置を設計し、炭酸鉄の合成とCO₂の高効率な吸収・固定化を実証しました。CO₂由来の炭酸鉄は粉塵爆発の危険性がなく、樹脂と複合化することで剛性・放熱性・難燃性などの機能性が向上することも確認しています。従来活用されていなかった素材と鉱物を、高性能な複合材として産業活用できる道が拓けました。

炭酸鉄製の手づくり名札
技術チームの思いが詰まった炭酸鉄製の手づくり名札

外から見えた、技術と挑戦の進化

現在私は、スタートアップや自治体、大企業と共創するオープンイノベーション拠点(関西イノベーションセンター、MUIC)に身を置き、metacolの実用化と普及に向けた取り組みを進めています。ここでは、「いかに早く社会実装へつなげるか」が常に問われ、社会との相互作用を軸に意思決定が行われています。一日でも早く社会を変えたいという強い思いを持つ事業者たちの中で、そのスピード感と実行力に日々刺激を受けています。

同時に、自社技術の先進性や実装志向の高さにも改めて気づかされました。当社グループの研究開発は、社内にいると当たり前に見えてしまい客観的に評価することが難しくなりますが、他社の方々からは「社会課題にここまで本気で取り組んでいるのはすごい」と驚かれることも少なくありません。外部の視点を通じて、自社の取り組みの価値を再認識する機会となりました。

metacolの開発は、役職や組織の枠に捉われず、経営陣と直接対話を重ねながら推進することができました。社内外の支援や補助制度も活用し、プロジェクトはわずか3年で予算と人員が当初の数十倍の規模にまで発展しました。この経験から、テーマの出自にかかわらず挑戦を育てられる柔軟な土壌と、技術の力で社会を変えたいという想いに本気で応えてくれる環境が当社の研究開発にはあると実感しました。

metacolで制作した紫外線を防ぐ紙製サンバイザー
metacolで制作した紫外線を防ぐ紙製サンバイザー

素材から社会へ、metacolが拓く五方よしの未来

metacolは、世界で初めて炭酸鉄を産業素材として活用した技術です。この独自素材は、当社グループの多様な製品と組み合わせることで、製品性能と環境性能の両立を実現できる可能性を秘めています。すでに当社の大阪製作所や伊丹製作所での実証により、CO₂収支がマイナスとなる反応系の構築に成功しており、他のメーカーやリゾート施設との協業を通じて、社会参加型のカーボンリサイクルへの展開も始まっています。

metacolは単なる素材技術ではありません。CO₂という目に見えない排出ガスを、人々の手に触れる「製品」へと転換することで、市民一人ひとりが脱炭素の担い手となる未来へのきっかけとなると考えています。だからこそ、BtoB領域にとどまらず、生活者に直接届くBtoC展開も視野に入れ、パートナー企業との連携による共創も積極的に模索しています。五方よしの理念のもと、社会全体が目指すカーボンリサイクルの実現に向けて、metacolによる課題解決と、それに続く新たな技術・事業の創出に挑み続けていきたいと考えています。

社会を変える技術は、常に「誰かと違う視点」から生まれると信じています。ヘンリー・フォードやスティーブ・ジョブズの言葉、そして松本正義会長の「気骨ある異端児たれ」というメッセージに背中を押され、私は少年時代の夢を今も追い続けています。年齢を重ねると、空気を読む力や処世術が身につきますが、本当に自分を支えてくれるのは、夢に向かって努力した自分の経験です。だからこそ、自分の原点を見失わず、未来を変える技術をこの手で生み出し続けたいと強く思います。
  馬場将人

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