未来を見据えたFPCの新たな挑戦~配線材から機能部品への転換~
新しい技術で、新たな需要喚起を
FPC事業を推進するフロントに立つのが営業部門だ。現在、住友電工グループが提供するFPCの販売先は、圧倒的に海外が多い。その販売・マーケティングを担っているのは、米国、欧州、中国に設けられた販売拠点のスタッフ。国内の営業部門は、国内顧客に対応すると同時に、グローバルな受注活動のサポートや製造・納期などのマネジメントを担当している。FPC営業を率いているのが電子回路営業部長の木村哲朗である。
「半世紀以上の歴史の中で、ブレイクスルーのポイントとなったのは、技術開発の進展によって新しい技術が確立した時でした。たとえば、電子部品を実装してモジュール化したものがハードディスクや携帯電話に採用されたことで、多層板への展開など技術がステップアップしていきました。今後も、顧客との対話を通じてニーズをキャッチし、新たな時代に対応した新たな製品、新しいビジネスを育てていくことが求められています。世の中や社会の変化の中にチャンスがあると確信しています」(木村)
ファインピッチや車載用FPCで、国内の新たな需要を開拓することをミッションとしていたのが、前市場開発グループ長で現在主幹の河西寛樹だ。
「アクチュエーターコイルへの採用のきっかけは、新技術の PR活動で顧客と会話する中で、顧客製品への有効性を示唆されたことがきっかけでした。開発技術段階だったので生産も安定せず量産体制を構築するまで苦労しましたが、ファインピッチを世の中に送り出した手応えを実感しました。しかしまだ、スタート地点に立ったにすぎません。重要なのは、そこからどのようにして、さらに新たな需要を喚起していくか。次代のFPCニーズにキャッチアップすることで、新しい展望を切り拓いていきたいと考えています」(河西)
時代を共に生きるFPCの代理店
FPCの営業拡販で欠かせないのが代理店の存在だ。住友電工と密に連携を取り、顧客のニーズにいち早く対応する。その1社として、長年、住友電工のFPCを販売してきたのが、エレクトロニクス製品の商社でモバイル・ディスプレイへの拡販では圧倒的な実績を誇るエレマテック(株)である。住友電工のFPCを採用した2005年当時の同社の担当者が、鷹箸亮氏と志賀健太郎氏だ。
「きっかけは液晶ディスプレイ。携帯電話で写真を撮ることが流行り出し、携帯電話からスマートフォンに移行するタイミングでした」(志賀氏)
売上を伸ばしていった住友電工のFPCの強みとは何だったのだろうか。
「当時FPC メーカーはFPCの製造だけで、配線上に電子部品を載せる作業は実装メーカーが行っていました。しかし、住友電工はいち早く実装ラインを社内に取り込み、部品実装済みFPCとして提供しました。また、反り返りがあり加工しづらいFPCに補強材(液状ポリイミド)を塗布することで、形状記憶できるようにしたのも住友電工が初めだったと思います。顧客ニーズにいち早く対応し、革新的な材料開発を行っていた印象は強いです」(鷹箸氏)
顧客からの期待と需要が高まる一方で、FPCの生産が追い付かず、苦労した想い出もある。志賀氏が量産担当として顧客の東西の生産拠点を飛び回れば、鷹箸氏は開発担当として住友電工のフィリピン工場、拡充した中国・深圳工場へと張り付いた。共に苦労した住友電工のメンバーのことは忘れられないと懐かしむ。
「我々は商社なので、モノづくりを知らない。現場に寄り添い、勉強させていただきました。まさに、住友電工に育てていただいて、今があると言えます」(鷹箸氏)
では、今後住友電工に期待することは何か。
「環境に対応した製品が一層求められてきているので、その製品展開。あとは微細化に対応した技術に期待しています」(志賀氏)
「絶対的な技術力です。他社の手の届かないところまで高めていただけると、我々も提案しやすいですね」(鷹箸氏)
代理店からの住友電工の技術力への期待はますます高まる。
ファインピッチ FPC、高周波対応 FPC
FPCの今後の展望のカギを握るファインピッチは、さらなるファイン化の研究開発が進められている。2021年には、エネルギー電子材料研究所でL/S=7µm/7µm(回路幅7µm/ 回路間隔7µm)の実現が視野に入っており(7µm=0.007mm)、新たな用途拡大への期待は高い。また、5Gの拡大と次世代6Gに備え必要となるのが、フッ素樹脂を適用した新たな低伝送損失材である。
住友電工グループは、古くからフッ素樹脂加工に取り組み多彩な製品を開発してきた経緯がある(前出・岡﨑が端緒)。その蓄積された知見から、低伝送損失においても住友電工グループのフッ素樹脂基板が優位性を発揮している。
このフッ素樹脂基板による新しいFPCの採用を期待できるのが、5G対応のスマートフォンや基地局で採用されるアンテナである。もう一つの有効な分野が車載に代表されるミリ波アンテナ分野。現状の衝突防止や車間距離制御の目的に留まらず、今後の自動運転技術の進展に伴い、あらゆる方向の車両や歩行者の検知が必要となるため、車両1台に搭載されるミリ波レーダの数は確実に増加することが予想される。住友電工グループが提供する、低伝送損失を実現するフッ素樹脂基板を用いたFPC実用化への期待は大きい。
新しいFPCの歴史の幕が上がる
2019年、住友電工グループのFPC事業は50周年の節目を迎えた。長年、FPC事業を統括してきた前・プリント回路事業部長で、現在導電材料・機能製品事業本部副本部長の上宮崇文は、これまでの半世紀からFPC事業が転換し、進化する時期が来ていることを強調する。
「この50年でFPC市場は成熟し、配線材としてのFPCは汎用化・標準化しつつあります。我々は、それら汎用品が占めるマーケットではなく、独自性を発揮できるマーケットで戦う方向へシフトしたいと考えています。それがファインピッチであり高周波対応FPC。ファインピッチFPCは単なる配線材から磁力を発生する機能部品へ進化し、今後IoT時代に対応したセンサー機能も有する部品への展開が期待できます。高周波対応FPCも、爆発的に情報量が増える 5G 時代や自動運転において有望な部品となります。我々は事業を通じて通信キャリアや自動車メーカーと強いリレーションがあることから、市場を熟知している強みを活かして、総合力、競争力を発揮していきたいです」(上宮)
上宮の意思を受け継ぎ、2020年にプリント回路事業部長に就いたのが、早味宏だ。長年研究開発本部で材料研究の立場からFPCに関わり、ファインピッチを陰から支えてきた1人である。現在も研究開発副本部長を兼任する。早味が事業部長に就任したことで、FPCは研究開発に力点を置いた事業へと加速する。
「FPCそのものの付加価値を高める、というのが基本方針です。事業拡大期に電子部品を多く実装したアセンブリー製品の大量生産を展開した時代もありましたが、他のFPCメーカーでも同様のことができるようになった。これからは、FPCの付加価値を高めることが重要と考えます。『さすが住友電工』と言われるような技術を開発し、他社が追随できない領域に達しないとならないということです」(早味)
さらに、早味は、3本の柱から今後の事業戦略を描く。
「既存のFPC製品をさらに発展させて、品質、コスト、納期、デリバリーの競争力を高めていくのが1つ目の柱。2つ目がアクチュエーターコイル。コイルという新たな電子部品をFPCの超微細な回路形成技術を使って作るということです。3つ目がCASE*を含めた高周波に対応する製品の開発。フッ素樹脂のFPCもここに位置付けられます。この3本の柱で事業の拡充を図ります」(早味)
すでにアクチュエーターコイルは、収益の柱になりつつあるという。
事業開始から半世紀を経て、FPC事業は研究開発主導という体制で、新たなステージ、まだ見ぬフィールドへの取り組みを開始した。それは決して安易な道ではない。だが、その果敢な挑戦が、FPCの進化を促し、新たなフロンティアを切り拓いていくことは間違いない。
*CASE:自動車業界のトレンドを表す言葉で、Connected(つながる)、Autonomous(自動運転)、Shared/Service(シェア/サービス)、Electric(電動化)の頭文字をとったもの