タングステン、100%リサイクルの 未来を見据えてトヨタ自動車+住友電工が達成したリサイクルシステム

タングステン、100%リサイクルの 未来を見据えて
トヨタ自動車+住友電工が達成したリサイクルシステム

リサイクルが材料リスクを払拭する

表彰式出席者(当時):トヨタ自動車(株) 寺師茂樹 取締役・専務役員(中左)、浅野有 環境部部長(左)、当社 牛島望 常務取締役(中右)、(株)アライドマテリアル 池ヶ谷明彦 常務取締役(右)
表彰式出席者(当時):トヨタ自動車(株) 寺師茂樹 取締役・専務役員(中左)、浅野有 環境部部長(左)、当社 牛島望 常務取締役(中右)、(株)アライドマテリアル 池ヶ谷明彦 常務取締役(右)

住友電工グループが展開するタングステンリサイクルの一つの成果であり、エポックメイキングな出来事が2013年にあった。超硬工具において、住友電工と、そのユーザーであるトヨタ自動車(株)(以下、トヨタ自動車)が連携した国内リサイクルシステムが高い評価を受け、(一社)産業環境管理協会が主催する「資源循環技術・システム表彰」でレアメタルリサイクル賞を受賞したのである。超硬工具はトヨタ自動車のみならず、日本の自動車メーカーの競争力の源泉の一つとされている。その安定的な品質と価格は、自動車業界を下支えしてきた。しかし、超硬工具の原料であるタングステンは代替可能性が低い資源であり、輸入依存の状況は、ユーザーである自動車メーカーにとってもリスクの一つだった。トヨタ自動車で超硬工具などの調達を主な業務とする今給黎礼美(いまきいれあやみ)氏も、材料確保への懸念は少なくなかった。そんな折、住友電工グループから連携してリサイクルの仕組みを構築したいという提案があったと言う。

レアメタルを使用した様々な工具
レアメタルを使用した様々な工具

「住友電工グループは当社の主要取引先であり、担当者からリサイクル連携の提案がありました。2011年頃のことです。新しいリサイクル技術(前述の酸化–湿式化学処理法)を開発したこと、その技術を使えばスクラップから高い純度のタングステンをリサイクルできることなど、非常に興味深く、魅力的な提案でした。住友電工グループサイドの課題の一つが、相当量のスクラップが回収できないことであり、当社であれば一定量の回収が可能ではないかというものでした。そこからリサイクルの仕組み構築へと展開していったのです。それまでスクラップは売却していましたが、リサイクルによる材料リスクの大幅軽減、さらにはSDGsへの貢献も視野に入れて、住友電工グループとのリサイクル連携に着手しました」(今給黎氏)

トヨタ自動車が実施した「分別」の徹底

トヨタ自動車の動きは早かった。社会情勢を見極め、いち早くニーズを察知した資材・設備調達部は、工場、生産技術、環境など、関係部署にも働きかけ、一斉に取り組みを開始した。しかし、リサイクルの取り組みは、効果がすぐに目に見えるものではない。その中で、多くの社員から共感と賛同を得るべく奔走した。

「リサイクルシステムの構築のためには、現場に分別作業という負担をかけることになります。社内関係者に『全体での経済的メリット』『本活動の社会的使命』を粘り強く説明して、賛同を得ていきました」(今給黎氏) 注目すべきは、リサイクル後工程を担う住友電工グループと連携して「再生を鑑みた、分別方法」を構築した点だ。トヨタ自動車の各工場で確実な分別が実施された。それは「超硬工具」と「金型」の大分類から、超硬部分の詳細な分類である、切削チップ、ドリルなどのスクラップ分別も徹底。その後、リサイクル業者とも連携した国内還流リサイクルシステムを他社に先駆け事業として構築したのである。その結果、超硬製品屑からタングステンの100%回収・リサイクルを達成した。

「現在、リサイクルシステムは円滑に運用されており、システムは定着しています。今後は、ハードスクラップだけでなくスラッジのリサイクルの仕組みを実現したい。また、住友電工グループには、レアメタルの経済性を担保できるリサイクル技術の向上、タングステン以外のレアメタルの国内還流の実現にも期待しています」(今給黎氏)

トヨタ自動車の期待に住友電工グループがどう応えるか、今後の事業拡充が問われている。

トヨタ自動車(株) 調達本部 資材・設備調達部  設備・試作室ユニット設備グループ 今給黎礼美氏(右から2人目)/メンバーと共に
トヨタ自動車(株) 調達本部 資材・設備調達部  設備・試作室ユニット設備グループ 今給黎礼美氏(右から2人目)/メンバーと共に
トヨタ自動車(株) 調達本部 資材・設備調達部  設備・試作室ユニット設備グループ 今給黎礼美氏(右から2人目)/メンバーと共に

リサイクルの進化と革新への挑戦

常務取締役 アドバンストマテリアル事業本部長 佐橋稔之

トヨタ自動車と連携して達成した「国内還流リサイクルシステム」の完成は、住友電工グループの一連のリサイクルの取り組みが、大きな注目を集めるきっかけとなった。以降、住友電工グループのみならず、国内のタングステンリサイクルは徐々に加速しているが、完全リサイクルは道半ばだ。そうした中で、住友電工グループはどのようなアクションを起こしていくのか。住友電工の常務取締役であり、アドバンストマテリアル事業本部長の佐橋稔之は、今後のリサイクル事業に関して次のように語っている。

常務取締役 アドバンストマテリアル事業本部長 佐橋稔之
常務取締役 アドバンストマテリアル事業本部長 佐橋稔之

「アライドマテリアルの化学処理法の開発と米国でのNIRE 社の発足で、上流の原料(鉱石精錬及びスクラップ)から、最終製品である超硬工具まで取り扱うことができるようになったのは、当グループの強みです。鉱石精錬、つまり海外の鉱山に頼ることはリスクが少なくありません。したがって、リサイクルに軸足を置いてハードメタル= 超硬合金事業を推進していく必要がある。そのために求められるのは、高い品質を維持したまま、コストダウンを実現するなど、技術的完成度にほかなりません。米国NIRE 社における早急なリサイクル技術の確立、アライドマテリアルにおいてもさらに高い技術を追求していく必要がある。不透明な国際情勢の未来を踏まえれば、リサイクルの重要性は必然の理。また、BCP(事業継続計画)の観点から懸念されるリスクもあります。現在、超硬工具の主要製品である切削チップの生産拠点は北海道に1ヵ所。災害などで操業不可になった場合の損害は甚大です。私は、NIRE 社立ち上げの時に、出資元のSCI 社に駐在していたから、思い入れもあります。NIRE 社という存在があるのであれば、三酸化タングステン(WO3)の生産に留まらず、炭化タングステン(WC)、そして最終製品までもう一つのサイクルで生産する体制の構築も視野に入れていきたい。それが、私自身の夢でもあります」(佐橋)

住友電工グループが、新技術である「酸化–湿式化学処理法」を開発し、リサイクル事業を開始してから10年が経過した。タングステンリサイクルそのものは粛々と継続してきたが、リサイクルをめぐる環境、人々の意識は大きく変わった。「リサイクルは善」とされていた世界から、「リサイクルは必然」への転換である。SDGsの考えが広く世の中に普及したこともあり、身の回りにおいても、多くの人がリサイクルを意識する生活へと行動の変容が進んでいる。そうした中、希少資源であるタングステンの確保に向けた、リサイクルの斬新な技術開発と一定の仕組みを構築した住友電工グループの成果は、革新的なものだった。そして、それは現在進行形であり、次代のリサイクルのあり方を模索する中で、さらなる進化と革新へのチャレンジが始まっている――。