タングステンリサイクルシステム構築への挑戦
~喫緊の課題とされた安定供給の実現~
国家的な最重要課題、レアメタルの確保
我が国は、エネルギー資源や鉱物資源の大半を海外に依存している。タングステンをはじめとするレアメタルを産出する鉱山も現在国内には存在しない。そのため、エネルギー資源はもちろん、鉱物資源の安定供給を確保することは、国家的な最重要課題の一つである。経済産業省はこうした状況下、2006年に「新・国家エネルギー戦略」を策定。金属鉱物資源に関するリサイクル促進の強化に言及した。2008年に定められた「資源確保指針」では、レアメタルを含む重要な資源獲得を支援していくことを打ち出し、翌年には、「レアメタル確保戦略」を公表。さらに2012年、リサイクル重点鉱種として、ネオジム、ジスプロシウム、タンタル、コバルト、タングステンの5種が選定された。こうした経緯を経て、レアメタルの確保は国家プロジェクトとして現在に至っている。
では、なぜレアメタルがそれほどに重要なのか。使用される量は少ないものの、液晶テレビ、携帯電話、自動車などの製造に必須の素材であり、我が国の製造業の国際競争力を維持・強化する観点から必要不可欠なのだ。特に、低炭素社会の構築に向けて、その普及が期待されている次世代自動車やモーター、蓄電池などの分野で、世界的な需要拡大が見込まれている。そのうち、タングステンの用途としては超硬合金が世界平均で約61%を占め、特に日本では約76%と高い*。超硬合金とはWCとコバルト(Co)を混合し、高硬度、高耐摩耗性、高耐熱性を実現したもの。超硬合金を採用したインサートチップ(切削工具の刃先)、ドリルなどの切削工具は、高速加工を可能とし、製造加工現場に革新をもたらした。国内では住友電工グループがその先駆け企業の一つとなった。多くの製造業において超硬工具はなくてはならないツールであり、製造加工の生命線を握るといっても過言ではない。そこに欠かせない素材がタングステンなのである。
*ITIA(International Tungsten Industry Association),Statistical Report 2013 より
求められるスクラップ回収と処理能力の拡充
我が国がレアメタル確保を国家プロジェクトに位置付けた背景には、レアメタルをめぐる環境の変化がある。20世紀後半から現在に至るまでに、中国をはじめとする経済新興国の勃興とその発展によって、世界経済の枠組みは大きく変わった。世界的な生産・消費活動が加速し、レアメタル消費を拡大させ、産出国は自国に存在する資源を自国で管理・開発するべきであるという「資源ナショナリズム」を先鋭化させた。タングステンも同様である。我が国は、世界の生産量の80%以上を占める中国から多くを輸入してきたが、中国においてタングステンは輸出管理の対象鉱種になっている。しかも中国以外では、ベトナム、ロシアなどで少量生産されているに過ぎない。また、タングステンは、近い未来には確実に枯渇するというまぎれもない事実もある。
こうした状況の中、住友電工グループが着手したのが、タングステンのリサイクルだった。リサイクルによって、輸入依存から脱却し安定供給を実現するというチャレンジングな試みである。このタングステンをはじめとする切削工具向けの金属材料を調達する役割を担っているのが、アドバンストマテリアル事業本部業務部である。部長の岡森良充は、タングステンのリサイクルを牽引してきたメンバーの一人だ。
「当部のタスクのうちの一つが、鉱石やスクラップから、最終製品である超硬工具の製造までのマテリアルフローを強固なものにすることです。その策が、リサイクル技術の確立であり、米国でのリサイクル拠点の設立(後述)と考えています。住友電工グループは、タングステンのリサイクルを1980年代から始めていますが、当時は、構成成分のまま原料粉末に再生する「亜鉛処理法」と呼ばれるリサイクル処理でした。2011年に三酸化タングステン(WO3)に再生する新化学処理法を開発したことで、リサイクルは大きく進展しました。現在、リサイクル処理量は、住友電工グループが国内で販売している超硬工具と同じ重量となっています。しかし回収したスクラップのすべてが当社製品というわけではありません。有価物として海外へ流出しているケースもあれば、鉄屑と一緒に溶解されてしまっているものもある。正確な数字は把握できませんが、国内全体で発生するスクラップのうち、当グループに還ってくるのは30%程度とみられます。これを、まずは50%程度まで引き上げたい。そのためには、回収能力も処理能力も拡充する必要があります。また安定供給の実現という側面でいえば、リサイクルのみならず、鉱山権益への出資の検討も進めています」(岡森)
システマティックに構築されたスクラップ回収
超硬合金のスクラップは、2種類に大別される。固形のハードスクラップと粉状のソフトスクラップである。前者は使用済みや不良品の切削チップ、ドリル、金型などで、後者は超硬合金素材メーカーや超硬工具メーカーにおいて、研削・研磨などで発生する粉状のスラッジと呼ばれるものである。これらスクラップの分別回収は、リサイクルシステムを完成させる上で極めて重要なプロセスだ。1980年代からのリサイクル実施と同時にスクラップ回収も始まっている。超硬工具を使っている顧客に「リサイクル回収ボックス」を貸し出し、使用済みの超硬工具などが分別されたボックスを定期的に回収する。他社製品でも回収を引き受け、宅配便回収も導入した。回収した超硬合金スクラップは、イゲタロイスクラップセンターへ集約され分別が行われる。この一連の回収を担うのが、超硬工具の販売会社・住友電工ツールネット(株)だ。当初から回収に関わってきたのが、同社環境・資源営業部長の中尾真司である。
「超硬合金スクラップからのリサイクルが重要である理由の一つは、環境保全に極めて有効だからです。鉱石に含まれるタングステンの割合は1%未満。それに比べ超硬工具のタングステンの含有量は約85%。精錬作業効率を考えると、超硬工具スクラップから抽出する方が、圧倒的にエコなのです。またタングステンの世界の埋蔵量は約320万tといわれ、近い将来に枯渇する資源。今後、世界中で取り合いになっていく。日本の製造業を守るためにもリサイクルをさらに拡大していく必要があります。我々としては、当社製品をより使ってもらうビジネス戦略的な側面もありますが、SDGsの観点も含めて、意識付け、啓発活動を進める中で、リサイクルの重要性を訴求していきたいと思っています」(中尾)