米国のタングステンリサイクルが始動 ~グローバルリサイクルシステムの確立へ~

米国のタングステンリサイクルが始動
~グローバルリサイクルシステムの確立へ~

住友電工が独自に保有する 三酸化タングステン(WO3) 製造拠点

住友電工グループは、2014年米国にてタングステンの鉱石精錬とスクラップのリサイクル事業を開始した。この事業は、住友電工100%子会社であるSumitomo Electric U.S.A. Holdings, Inc.(当時、Sumitomo Electric Carbide, Inc. 略称SCI社)と米国のタングステン粉末メーカーであるBuffalo Tungsten Inc. の子会社New York Tungsten, LLCとの合弁で設立したNiagara Refining LLC(以下、NIRE社)を拠点に展開するもので、超硬工具などの主原料製造に使用されるWO3を生産する。

Niagara Refining LLC  Management Lab. 西出雄登/工場主任(右)と共に
Niagara Refining LLC Management Lab. 西出雄登/工場主任(右)と共に

かつては、WO3をグループ内のアライドマテリアルが中国をはじめとした海外から調達し、超硬工具の原料となるWC粉を製造してきた。しかし、NIRE 社の誕生により、原料の調達を住友電工グループ内でできるようになった。NIRE社は、タングステン鉱山からの鉱石と、市場から回収したスクラップの双方を原料としてWO3を生産し、アライドマテリアルに送られ、WC製造の原料となる。米国にWO3生産拠点を設けたのは、リサイクル事業のグローバル展開を考える上で、スクラップ量が豊富なことに加え、電気、ガス、水道などのユーティリティコストが抑制できると考えられたからだ。現在、NIRE社の分析部門でマネージャーを務める西出雄登は、アライドマテリアルに配属後、リサイクルを担当。その後タングステンのリサイクルについて全般的に知見を蓄積し、2019年にNIRE社に赴任した。西出の着任で、NIRE社のリサイクル事業は加速した。西出は製造部門のプロセスエンジニアでもあり、着任時に担当したのがリサイクルシステムだった。NIRE社は当時、「溶融塩溶解」の技術確立を進めていたが、多くの課題が残されていた。

不純物を分離する濾過(ろか)工程で発生した問題

「超硬工具スクラップをリサイクルするために粉砕して細かい粉末にするのは至難の業です。溶解するために、高温で過酷な環境を作り出します。日本では酸化力の強いNaNO3で溶解しますが、当社では、取り扱いのしやすさと安全性に重点を置き、硫酸ナトリウム(Na2SO4)を使用し、日本と同じプロセスでNa2WO4溶液を生成します。Na2WO4溶液には溶解していない不純物が残存しているため、濾過(ろか)工程で分離する必要がありますが、濾過工程に要する時間が最初のハードルでした。3時間の予定が半日から1日かかってしまい、生産量は計画の1/4になってしまった。どこかに『詰まり』が発生している可能性がありました」(西出)

西出は考えられる要因をリストアップし、PDCAサイクルで原因を一つずつ潰していったが、原因は想像以上に多様だった。濾過装置だけでなく、ポンプや配管、タンクなど各設備機器にも「詰まり」は発生していた。西出はエンジニア、設備、分析、製造など各部門を巻き込み一体となって課題解決を進めていった。設備部門はポンプ再選定による配管・ポンプの詰まりゼロ化に、分析部門は濾過装置詰まりの原因となる不純物の特定や不純物が発生する工程の廃止とその代わりとなる工程の開発に、プロセスエンジニアは工程技術改善策として濾過工程の開始時間の変更によるタンク詰まりのゼロ化に取り組んだ。そして、数ヵ月単位での長期改善により、計画通りの生産量まで改善させることができた。この西出の取り組みがNIRE社にもたらしたインパクトは大きかった。ほぼ全社員で課題解決を成し遂げたことによって社内に一体感が生まれたことに加え、従業員へのリサイクル事業に対する強烈な意識付けにもなった。

製造されるWO3粉
製造されるWO3粉
日本のアライドマテリアルに出荷されるWO3粉
日本のアライドマテリアルに出荷されるWO3粉

2022年度、量産設備の設計・建設に着手

現在稼働しているリサイクルプラントはプロトタイプであり、まだ実験フェーズにある。現状と今後の展望をNIRE 社の副社長・戸田直大に聞いた。

Niagara Refining LLC Vice President 戸田直大
Niagara Refining LLC Vice President 戸田直大

「米国でのリサイクル事業は、課題が少なくありません。一つは、溶融塩溶解過程で、薬剤により炉が劣化すること。さらに水溶したタングステン以外の不純物が炉の腐食の原因にもなります。また、一連の工程は、超高温の環境下で行われるため、リスクがあると安全装置が作動し、運転停止も頻発します。様々なアイデアや工夫で課題のクリアに取り組んでいますが、もう一段階高い技術的集積によって改善を進めていきたいと考えています。現在のWO3の生産量は、リサイクル目標値の3/4程度。実験段階ということもあり、実質生産量はそれにも満たない状況です。2021年度中にリサイクル技術を確立して、2022年度中に量産設備の設計・建設を進め、2023年に本格稼働する計画です。これによって、住友電工グループ内でリサイクルによる、超硬工具の原料から完成品まで一貫して生産するグローバルリサイクルシステムが完成します。グループ内の連携による生産最適化によるシナジー効果を追求していきたいと考え
ています」(戸田)

安定供給とサステナビリティの両立

NIRE社がリサイクルのターゲットとしているのはタングステンに留まらない。超硬工具のおよそ90%がタングステンであるが、残りの約10%はコバルトだ。レアメタルの一つであり、国内ではリサイクル重点鉱種五つのうちの一つに数えられている。従来困難であった不純物からコバルトのみを取り出す取り組みも進めている。リサイクルの現場で奮闘する西出は、未来を見据えて語る。

「現在のNIRE社の事業は、鉱石精錬事業が主となっています。今後は具体的に二つの取り組みで、生産量を増強する計画です。一つは既存リサイクルシステムのエラー/トラブルのゼロ化に向けて、工程の簡素化や作業しやすい環境づくり、設備保全活動を推進していきます。もう一つは、新たなスクラップ処理技術を開発し、それに伴う設備を導入すること。鉱石精錬事業は純化工程で廃棄物が発生してしまうため環境負荷が高い。対して、リサイクル事業は環境に優しいという大きなメリットがあります。原料の安定供給に貢献することはもちろん、サステナビリティの重要性が指摘される中、推進していく必要がある。リサイクル事業をNIRE社の核となる事業へ成長させていきたいと思っています」(西出)

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