果敢な挑戦が刻んだ融着接続機の新たな歴史 ~次代を見据えて進められた画期的な機種開発~
作業効率の大幅な向上をもたらした「デュアルヒータ」
大容量データ通信の社会的要請を受け、現在では多心線の光ファイバ接続の効率化が求められている。心線はガラス繊維に樹脂被膜を施した通常外径0.25mm ほどの光ファイバ素線であり、多心線は心線が数百から数千本束ねられた光ケーブルである。多心線の一括接続に使用される融着接続方法には、高精度なV 溝を用いて光ファイバを整列し、光ファイバを溶融させた際の表面張力による調心効果を利用して外径調心を行う「固定V 溝調心方式」がある。その融着接続手順は、まず接続点で露出させるファイバ保護のためファイバ保護スリーブを挿入し、次に光ファイバのガラス部分を露出させるために被覆を除去する。続くファイバ清掃を経て行われるのが切断だ。切断は融着作業時の損失特性を左右するものであり、切断面の良否は非常に重要である。その後放電により光ファイバ端面を融着、融着部にファイバ保護スリーブを被せ、加熱器上で心線補強を行う。
この一連の融着接続において、住友電工グループが着目したのが、最終工程である融着部の補強時間の長さだった。2000 年当時の融着接続機はアーク放電による融着接続が約10 秒に対し加熱補強時間が約50 秒を要し作業に待ち時間が生じる。工期短縮のためにも補強時間の短縮が期待されていた。この状況を打破するため、まずヒータの高速化により時間を35 秒に短縮。さらに世界初となる加熱補強機能を2 つ備えたデュアルヒータにより作業効率の大幅な向上を実現した。
開発コンセプトは「Forgiving Splicer」
2011 年、現在の主力製品である「TYPE-72C+」のベースモデルとなった「TYPE-71C」が発売された。同機は住友電工グループ融着接続機の歴史の中で、大きなターニングポイントとなった製品だ。競合他社を圧倒するため当時立ち上がったプロジェクトは、他社が数年先にリリースする次期モデルを想定し、その性能を上回る製品を開発するという野心的なもの。開発コンセプトは「Forgiving Splicer」。直訳すれば「寛容な融着接続機」——それは環境や作業者への依存度を極小化し、融着接続を簡易にできる融着接続機を開発するという意思が込められていた。前出の本間と共に「TYPE-71C」の開発に取り組んだメンバーの一人が、住友電工オプティフロンティア(株)メカトロニクス部部長の高柳寛である。
「開発課題は山積していました。光ファイバ端面の異常時の接続品質安定化、多種多様な光ファイバ融着条件の自動判定機能、推定接続損失の精度向上、最速接続、最速補強といった基本性能の高度化に加え、一層の小型・軽量化、世界の環境対応のための防滴・防塵性能の強化、タッチパネル初搭載などユーザーフレンドリーの追求、インターネットを介した融着接続機診断等々、すべてが新しい挑戦でした。どうすればユーザーに使いこなしていただけるか。融着性能自体に大きな差別化ができない中、徹底して基本性能の高度化とユーザーインターフェースにこだわって生まれたのがTYPE-71C です」(高柳)
「TYPE-71C」は融着接続機の世界に画期的なインパクトをもたらした。たとえば融着条件の自動判定は2000年代後半に宅内配線を目的にした曲げ特性強化光ファイバが普及、融着接続機にも適用が求められたことに端を発する。SMFとは異なる融着接続条件が必要となり、作業者は融着接続する光ファイバの種類ごとに接続条件を変更する必要があった。設定を誤ると接続損失の増加など品質の不具合が発生したのだ。これを解決するため本間や高柳らは、高倍率、高精細な観察方式を追求し、取得した光ファイバ像を画像処理することで光ファイバ心線を自動で判別する機能を開発。この機能により作業者は光ファイバの種類を確認することなく高品質な融着接続を実施できるようになった。さらに2013年には世界最小・最軽量のコンパクトボディである小型融着接続機を開発。また、操作性向上を目指してタッチパネル搭載の融着接続機を市場に投入した。
「インターネットを介した融着接続機診断」も業界初の画期的な機能である。これは、融着接続機を「IoT」化した融着接続管理システムで「SumiCloud®」と命名され、小型軽量の融着接続機「TYPE-71C+」に搭載、2015年に販売を開始した。「SumiCloud®」は無線LANの機能を搭載しクラウドサーバと接続、画像も含めた融着接続情報や位置情報などのデータを蓄積・管理する。現場の作業員の負担を大幅に軽減できると共に、管理者もリアルタイムかつ遠隔で工事状況や融着接続機の状態を管理することが可能となった。こうした「TYPE-71C+」の成果を継承して生まれたのが、現在の主力商品である「TYPE-72C+」だ。
先進技術を支える技術の伝承
現在「TYPE-72C+」の生産を担当している一人が、住友電工オプティフロンティア(株)メカトロニクス部の鳥海昌宏だ。鳥海が、常にこだわっているのは光ファイバ端面を高い精度で「見る」技術である。
「私たちは光ファイバの安定した接続品質を実現することが使命と考えています。そのためには、光ファイバを高精度で観察できる技術が不可欠です。そこには過去の諸先輩方が積み上げてきた経験やノウハウが含まれており、現在私たちもこの見る技術にこだわって生産を進めています。融着接続は、光ファイバの状態を見ることから始まるのです」(鳥海)
「見る」技術に限らず、住友電工グループの融着接続機には技術の伝承が生きている。それを途切れさせないために掲げている大きなテーマが人材育成だ。
「融着接続機は開発初期に比較して製品設計および生産工程共に改善され、組立性は向上していますが、一部の重要工程では匠の技が必要です。世界最高品質の融着接続機をお客さまへお届けするために、先輩が積み上げてきた経験やノウハウを継承することが大切なのです」(鳥海)
喫緊の課題である加速する市場ニーズに対応するためのリードタイムの短縮のためにも、伝承による人材育成にかける時間は大切である。この一見すると二律背反するテーマに、住友電工グループは果敢に挑戦し、成果を上げている。その秘訣を次章から探ってみよう。