レドックスフロー電池施設

電力卸売市場への参入、マイクログリッドの実証~NEDOプロジェクト・米国カリフォルニア州~

州の送電網信頼性を強化する蓄電設備

米国カリフォルニア州――2045年までに電力の100%を温室効果ガスを排出しないエネルギーで賄うとする州法「SB100」を成立させるなど、再生可能エネルギー導入に関して高い目標を掲げている。送電網の信頼性を確保しつつ、この目標を達成するために、カリフォルニア州では、太陽光発電の発電量が落ち込む朝とピーク時の夜とのエネルギー需給変動の調整が急務となっている。その解決策の一つとして、州法「AB2514」が提案され、電力事業者に対して、蓄電設備の導入により再生可能エネルギーの蓄電を支援するよう求めるとともに、蓄電設備で適正な収入を得られるように電力卸売市場の新制度設計を段階的に進めている。

こうした背景を受け、NEDO は2015年にカリフォルニア州と基本協定(MOU:Memorandum of Understanding)を締結、住友電工を委託先として、サンディエゴに370万人の顧客を有する大手電力会社San Diego Gas & Electric Company(以下、SDG&E社)の協力を得て、レドックスフロー電池の普及展開に向けた実証事業に着手した。2016年レドックスフロー電池施設着工、翌2017年実証を開始。グローバル企業との大きなプロジェクトで、チャンスでありながらそこに至るまでの道のりは厳しいものだった。

カリフォルニア州に設置したレドックスフロー電池設備
カリフォルニア州に設置したレドックスフロー電池設備
カリフォルニア州に設置したレドックスフロー電池設備
Sumitomo Electric U.S.A., Inc. Senior Vice President 野波和俊
Sumitomo Electric U.S.A., Inc. Senior Vice President 野波和俊

Sumitomo Electric U.S.A., Inc.(以下、SEUSA)のSenior Vice Presidentである野波和俊によると、「私たちは2012年頃からNEDOにアプローチし、カリフォルニア州でのレドックスフロー電池実証事業を提案してきました。フィージビリティスタディ(事業可能性の検証)を経て採択されたわけですが、実証事業の契約には、住友電工、SEUSA、NEDO、SDG&E社の4社の合意が必要でした。しかしレドックスフロー電池の実証事業は初めてのことであり、雛型となるものがない。事業リスクの検討をはじめレドックスフロー電池の性能保証など、関係者とともに一から契約書を作成していきました。この過程で、レドックスフロー電池への期待が大きいことを実感しました」と言う。

2014年、実証事業はスタートした。

電力卸売市場でのレドックスフロー電池の最適運用

エネルギーシステム事業開発部 RF電池技術部 主幹 長岡良行
エネルギーシステム事業開発部 RF電池技術部 主幹 長岡良行

今回の実証事業のプロジェクトマネージャーの任に就いたのが、長岡良行である。

「実証事業の第一段階では、SDG&E社の変電所内に配置した2 千kW×4時間(8千kWh)のレドックスフロー電池の制御モードを活用し、レドックスフロー電池の基礎特性や信頼性評価を行いました。しかし今回の実証事業の目的は送電系電力卸売市場*1での取引も含めてその信頼性を評価することであり、最適な運用方法を確立する必要がありました。そのためにはSDG&E社と信頼関係を構築しつつ、情報を提供してもらう地道な作業を進めました。この関係性構築の中に実証事業の醍醐味を感じましたね」(長岡)

第二段階のレドックスフロー電池の電力卸売市場での運用とは、カリフォルニア独立系統運用機関(California Independent System Operator 以下、CAISO)の開設する電力卸売市場にレドックスフロー電池を接続することを意味する。この電力卸売市場においては、周波数調整のような短周期の出力を提供する調整力と同時に、エネルギーのタイムシフトのような長時間の電力量の供給が求められた。この電力卸売市場での運用に関わったのが、当時、米国のInnovation Core SEI, Inc.に所属していた、現・RF電池開発部の北野利一である。

エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部 システム設計グループ 主席 北野利一
エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部 システム設計グループ 主席 北野利一

「レドックスフロー電池は運用上、充放電の回数に制約がないという特長があるため、短周期の出力と長時間の電力量のいずれの充放電要求にも適しています。市場が必要とする電力を供給するエネルギー市場に加え、周波数調整などのアンシラリーサービス市場*2で複数の取引を柔軟に組み合わせ、季節や時間帯に応じて最適な運用手法を検証した結果、一定の収益を確保。レドックスフロー電池の新たな価値を生み出せたと思います」(北野)

エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部 システム設計グループ 主幹 大岡俊夫
エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部 システム設計グループ 主幹 大岡俊夫

日本サイドから実証事業を支えたのがNEDOプロジェクト担当のRF電池開発部の大岡俊夫と経理責任者として契約・費用などに関する執行管理を行った業務部の石黑裕一だ。

「私は、米国側と日本側の技術事項に関わるプロジェクト進捗を総括しNEDOへ実証の進捗報告などを実施しました。実証データをNEDOに迅速、正確に取りまとめて報告し、信頼維持に注力しました。事業の大きな節目となる取り組みに関わることができたので、次は、後輩たちへ受け継いでいきたいと思っています」(大岡)

エネルギーシステム事業開発部 業務部 業務グループ長 石黑裕一
エネルギーシステム事業開発部 業務部 業務グループ長 石黑裕一

「今回の実証事業は約30億円、約7年以上にわたる非常に規模の大きなプロジェクトであり、当初は工期遅延に伴う予算執行の遅れなどの難局もありましたが、NEDOと北米パートナーとの調整・交渉を行い、執行管理の役割を果たすことができました。責任の重さと同時に達成感もありました」(石黑)

*1 送電系電力卸売市場:CAISOが運用する市場。前日市場とリアルタイム市場から構成され、入札にて電力を調達する。

*2 アンシラリーサービス市場:電力系統の周波数を維持する義務を負う系統運用機関は、周波数調整用の電源を、市場を通じて調達する。同時同量の電力を実現するための、調整力や予備力の市場を指す。

日米初、マイクログリッドの実証

最終の第三段階となるのが、世界初のレドックスフロー電池を用いた平常時・災害時の併用運転(デュアルユース)の実証事業だった。レドックスフロー電池は大容量化が容易で長時間の放電にも対応できるため、災害時のBCP(事業継続計画)対策やレジリエンス(回復力)向上に非常に有効と期待される。あらかじめ決められた地域の家庭や企業などのコミュニティへのエネルギー供給源を持つ「マイクログリッド」の実現に、レドックスフロー電池は大きな力を発揮するのだ。商用連系運転から切り離し、実際の配電網を使ってレドックスフロー電池を電源とするマイクログリッドを形成。実系統での試験であり、SDG&E社は住友電工のレドックスフロー電池を信じ、一般市民の不便を解消するために万全の準備を行って試験を敢行した。見事、自立電源として停電地区に電力供給を継続できることを日米初で実証した。こうして、一連の実証事業は2021年末に終了、現在はSDG&E社の実運用設備として稼働している。

マイクログリッド試験
マイクログリッド試験
マイクログリッド試験(ブラックスタートの運転例:2021/10/22)
San Diego Gas & Electric Company Distributed Energy Resources Manager Mr. Laurence Abcede
San Diego Gas & Electric Company Distributed Energy Resources Manager Mr. Laurence Abcede

SDG&E社のDistributed Energy Resources ManagerであるLaurence Abcede氏は、実証事業を次のように振り返る。

「レドックスフロー電池は、エネルギーとアンシラリーサービス市場で電力網をサポートし、長時間の系統障害時に回復力を発揮する蓄電池システムとして高い性能を実証することができました。今後もSDG&E社は、データを収集し運用と入札戦略の最適化を図っていきます。住友電工には、レドックスフロー電池をさらに進化させていくことを期待しています」(Abcede氏)

国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)スマートコミュニティ・エネルギーシステム部 主査 大嶺英太郎氏
国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)スマートコミュニティ・エネルギーシステム部 主査 大嶺英太郎氏

NEDOの担当者である大嶺英太郎氏も次のように高く評価する。

「住友電工に尽力いただき、成功裏に終えることができました。系統安定化に有効であることに加え、稼働率がほぼ100%であったことで高い信頼性も証明。マイクログリッドの実証成功も重要な成果です。日米協力のGood Caseともなりました。蓄電池の社会実装のためにも、住友電工にはレドックスフロー電池の低コスト化を進めていってほしいですね」(大嶺氏)

エネルギーシステム事業開発部 RF電池技術部長 柴田俊和
エネルギーシステム事業開発部 RF電池技術部長 柴田俊和

プロジェクトの司令塔として全体を牽引してきたのが、RF電池技術部長の柴田俊和である。

「再生可能エネルギーの導入が加速していく中、レドックスフロー電池は大きなポテンシャルを秘めています。住友電工のレドックスフロー電池は技術的に世界最高レベルという自負があります。課題を一つずつクリアし、市場開拓に貪欲に臨んでいきたい。レドックスフロー電池の存在が再生可能エネルギー導入を加速させ、脱炭素社会実現の一助となることを目指します」(柴田)

住友電工のレドックスフロー電池の普及は、持続可能な未来への大きな一歩となることは間違いない。