社内実証のため横浜製作所に設置

40年にわたって持続した蓄電池への想い~レドックスフロー電池開発、苦闘の軌跡~

1980年代に始まったレドックスフロー電池の開発

レドックスフロー電池の原理が提案されたのは、1974年の米国・NASAが最初である。日本でも同時期に産業技術総合研究所(産総研)*1において基礎研究がスタートしている。1980年頃、日本ではエアコン普及に伴い、昼夜間の電力需要差が課題となっていた。その対策として考えられたのが、夜間に余剰電力を貯蔵し、昼間の消費をまかなう「負荷標準化」だ。そして国家プロジェクト「ムーンライト計画」が立ち上がり、電力貯蔵用としてレドックスフロー電池を含む4 種類の新型蓄電池の開発がスタートした。この時期、住友電工では電力ケーブル依存の事業体質からの脱却を目指して、新規テーマが模索されていた。その一つが電力貯蔵用電池であった。発電、送電に加えて、将来は蓄電が必要になると考えられたからだ。そして、「材料」に開発課題を有するレドックスフロー電池が新規開発テーマに採択された。その開発担当に抜擢されたのが、当時新人だった重松敏夫である。1982年のことだった。

フェロー 新領域技術研究所 兼務 パワーシステム研究開発センター 担当技師長 重松敏夫
フェロー 新領域技術研究所 兼務 パワーシステム研究開発センター 担当技師長 重松敏夫

「当社グループには電池開発の経験はなく、まったくの素人。手探りでのスタートでした。同時期、関西電力株式会社もレドックスフロー電池を研究対象として選定したことで、当社グループとの共同研究開発が始まりました。当時は電解液に鉄‐クロムを選択、見様見真似でミニセル(電極面積10㎝²)の試作から始まりました。スケールアップを試みたところ、液漏れや性能不足など、トラブルの連続。1989年には60kW(電極面積3000㎝²)のセルを試作したものの、水素ガス発生に起因する電池容量低下が生じ、長期間性能は維持できませんでした。その段階では、実用化困難と認識せざるを得なかったのです」(重松)

しかし、重松ら開発陣はここで挫くじけることはなかった。豪州の大学発案のバナジウム系電解液に変更することに挑戦したのである。試験を実施すると、それまで蓄積したセル材料技術も功を奏し、瞬く間に成果が出た。鉄‐クロム電解液に比べて起電力で1.4倍、出力は2倍、エネルギー密度も3倍程度になり、水素ガスも大幅に減少。事業化の光が見えた。

*1 当時は電子技術総合研究所

導入事例 : ベルギー・John Cockerill社(2019年)
導入事例 : ベルギー・John Cockerill社(2019年)
導入事例 : モロッコ・UNIDOモロッコプロジェクト(2019年)
導入事例 : モロッコ・UNIDOモロッコプロジェクト(2019年)

再び生き返ったプロジェクト

時代も変化していた。1990年代後半から電力自由化が進展し、電気料金も低下していった。電力会社は深夜電力有効活用の観点から蓄電池を需要家に設置して安価な深夜電力を販売する方針に変わっていった。こうしたニーズを受け、住友電工は2001年、大学や工場向けにレドックスフロー電池の製品納入を開始。しかし、重松らの願いは叶わなかった。当時のレドックスフロー電池は耐久性が低く、しばらく使用すると電解液が漏れ始めるなど故障が相次いだのだ。この問題の解決は難しく、2005年、経営陣はレドックスフロー電池からの撤退を決定した。その後はトラブルシューティングが業務の中心となっていた。

潮目が変わり始めたのが2009年。米国がグリーンニューディール政策を打ち出し、再生可能エネルギーを蓄電する大容量電池が求められるようになったのだ。国内でも再生可能エネルギー導入の機運が高まった。住友電工は、設備撤去などの事業終息のための業務に従事しながらも、過去のトラブルの原因究明と対策検討に取り組んでいた。RF電池開発部長の山西克也は「機は熟した」と感じたと言う。

エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部長 山西克也
エネルギーシステム事業開発部 RF電池開発部長 山西克也

「レドックスフロー電池からの撤退は、悔しさしかありませんでした。しかし、エネルギーを取り巻く環境が大きく変化する中、私たちは、レドックスフロー電池の復活が住友電工の事業拡大に確実に貢献することを経営陣に訴え続けました。その結果、2009年、レドックスフロー電池事業は復活。本格的な研究開発が再開されたのです。最大のテーマはセルスタックの長期信頼性の維持。液漏れの完全排除に加え、性能を最大限に引き出すための材料開発を進めました」(山西)

セルスタック組立工程の様子
セルスタック組立工程の様子
出来上がったセルスタックを厳重にチェックする
出来上がったセルスタックを厳重にチェックする

さらなる高出力の実現、新電解液開発へ

2012年、横浜製作所に1000kW 級の試験システムが構築され、開発技術の検証試験が実施された。この設備は多くの反響を呼び、市場との対話でも活躍した。2015年に資源エネルギー庁の補助を受けて北海道電力株式会社(以下、北海道電力)での大規模実証実験へ、さらに国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(New Energy and Industrial Technology Development Organization 以下、NEDO)と行った米国カリフォルニア州での実証事業、北海道電力ネットワーク株式会社(以下、北海道電力ネットワーク)によるレドックスフロー電池設備採用へとつながった。

一方で、レドックスフロー電池開発への果敢なチャレンジは現在も継続している。最大の課題は、お客様に満足いただける価格の実現である。コスト低減のための取り組みとして、高出力化や高エネルギー密度化、さらに、安価な電解液の開発にも挑んでいる。

コスト低減の重要な要素が「高出力化」だ。カギを握るのはセルスタックである。山西らは、「高出力化」という性能向上への取り組みを進めている。

「電極材料や隔膜材料の改良、電解液循環時の圧力損失を低減するセル構造の開発などによって高出力化を図っています。電解液開発と高出力化は表裏一体のもの。電解液の特性に合わせて、セルスタックの最適な材料の開発、及び構造設計を目指しています。また、コンテナによる構成設備の一体収納など、システム全体を俯瞰でとらえコンパクト化していくこともコスト削減には必要です。全体最適を目指したシステム開発も進めています」(山西)

また、次世代に向けた安価な新電解液の開発にも力を入れている。電解液開発グループ長の董トウ雍ヨウ容ヨウは入社以来、新電解液の開発に携わってきた。

パワーシステム研究開発センター 二次電池部 電解液開発グループ長 董 雍容
パワーシステム研究開発センター 二次電池部 電解液開発グループ長 董 雍容

「現在採用されているバナジウムは、高価格であり、価格変動リスクや資源の偏在などの課題を有しています。より安価で安定的に入手できる電解液原料で、バナジウムに匹敵するような高性能なレドックスフロー電池の実現を目指しています」(董)

レドックスフロー電池の進化に、終わりはない。

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電力安定供給のための系統側蓄電池
~北海道電力ネットワーク・南早来変電所~

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