レドックスフロー電池は、1F部分に正極と負極の電解液コンテナ、 2F部分にセルスタックが設置された電池盤コンテナで構成される

長寿命で安全、使いやすさを追求した蓄電池~住友電工の英知を結集したレドックスフロー電池~

イオンの酸化還元反応による 画期的な大型蓄電池

最初に、「レドックスフロー電池」について、その構造や原理を見ていきたい。「レドックスフロー」の「レドックス(Redox)」とは、活物質(化学変化により電気を起こす物質)の還元(reduction)、酸化(oxidation)から作られた言葉であり、「フロー(Flow)」は外部タンクに貯蔵した活物質の溶液(電解液)をポンプで循環(flow)することを指している。この名称が示すように、レドックスフロー電池は電解液をポンプで循環させ、イオンの酸化還元反応によって充放電を行う大型蓄電池である。基本的な構成機器としては、セルスタック(液体還流型のセルを積層したもの)、電解液、電解液を貯蔵するタンク、電解液を循環させるポンプや配管、と極めてシンプルだ。電解液には硫酸バナジウム水溶液が用いられている。レドックスフロー電池は、電流を流した際に正極と負極それぞれでバナジウムイオンが価数(イオンの電荷の数)変化する反応を利用している。正極と負極における電子の数を調整するため、両極を隔てている隔膜を通してプロトンが移動し、これによって電流が流れるという原理だ。

レドックスフロー電池の原理
レドックスフロー電池の原理
レドックスフロー電池の構成
レドックスフロー電池の構成

電解液は半永久的に利用が可能

大容量の蓄電池として一般によく知られているものとしては、リチウムイオン電池、ナトリウム硫黄(NAS)電池などがある。特にリチウムイオン電池は、スマートフォンやパソコン、電気自動車などの民生用として広く使われている。それに対してレドックスフロー電池は、タンクやポンプが必要となることからシステム全体が大きくなるため、主に定置型の電力貯蔵用として提供されてきた。

レドックスフロー電池の特長は、他の電池などに比較して「長寿命」であることだ。電極ではなく、電解液でのイオンの酸化還元反応を利用して充放電を行うため、電極や電解液の劣化が極めて少ない。電解液は半永久的に利用が可能だ。設計寿命は20年以上。寿命は充放電回数に依存しないため、充放電回数に制限はない。二つ目の特長は「高い安全性」だ。電解液には不燃性の水溶液を使用しており、各種設備も難燃性の材料で構成されているため、発火リスクは極めて低い。三つ目が「設計自由度の高さ」。電解液の量で放電時間容量が決まり、セルスタックの台数で出力が決まるため、出力と時間容量の独立した設計を可能としている。また、同一タンクから各セルに共通の電解液を供給することから、各セルの充電状態は常に等しいため、運用が容易だ。さらにレドックスフロー電池は充放電中でも起電力の測定が可能であり、不規則に発電する再生可能エネルギー対応や系統安定化などの複雑な充放電に適した性能を持つ。このように、レドックスフロー電池は蓄電池に要求される多様なニーズへの最適な設計を可能としている。

2022年、本格的な市場開拓が始まった

レドックスフロー電池の構造はシンプルであるものの、20年間の長期信頼性を保証することは容易ではない。20年間液漏れしないセルの開発、薄肉大面積の平板状部材を約100セル積層する構造設計、さらにセルスタックを構成する電極や隔膜、双極板といった機能材料など、住友電工に蓄積された知見が投入された。開発に着手したのは1985年、そして2001年にレドックスフロー電池は事業化され、需要家に順次設置された。需要家は安価な夜間電力を貯蔵し昼間のピーク時に放電させることで電気料金を安くでき、電力会社は負荷を平準化するメリットを得た。現在のように、大容量蓄電池の重要性が指摘されるようになったのは、地球温暖化対策として世界的に再生可能エネルギーが導入されるようになった2010年前後からである。

再生可能エネルギーにおける蓄電池の有効性の一つは、出力変動への対応だ。蓄電池を採用することで、変動分を吸収し出力を平滑化できる。さらに、周波数制御にも有効だ。需給変動に応じて、蓄電池を適用することで瞬時に需給均衡を図り、周波数を保持するよう制御することができる。

レドックスフロー電池の開発は欧米、中国で急速に活発化した。だが、住友電工にはすでに実フィールドでの知見があった。住友電工のレドックスフロー電池事業が節目を迎えたのが2015年。北海道と米国カリフォルニア州で開始された大規模実証事業だ。現在、これらの実証事業は終了し、実運用のフェーズに入っている。言い換えれば、満を持して本格的なレドックスフロー電池の市場開拓活動がスタートした。

国内外で推進されるレドックスフロー電池の拡販

住友電工で、レドックスフロー電池事業を担うのがエネルギーシステム事業開発部である。「再生可能エネルギーの導入に伴って拡大する、新しいエネルギー市場に対応する製品・ソリューション群の開発および事業化」を目指している(同部長・矢野孝)。中でも、最大のミッションがレドックスフロー電池の事業化である。そのためには何が求められるのか。

エネルギーシステム事業開発部長 矢野 孝
エネルギーシステム事業開発部長 矢野 孝

「蓄電池自体は電気エネルギーを生み出さず、従来のkWh 価値という尺度で評価する場合、蓄電池は単にコストでしかありません。しかし、再生可能エネルギーの導入が進むに従い、電力ネットワークの電力需給バランスを維持することは次第に困難となり、蓄電池の導入が不可欠となる中で、メーカーの取り組むべき最重要課題はまず、蓄電池コストの低減です。加えて、ステークホルダーとともに、電力需給バランスの維持という蓄電池の新しい使い方の価値を発掘し、これを電力市場および制度の下に積極的に定義付けること。最終的には、その導入目的とコストについて、利用者の理解と合意を得ることです。また、系統用の蓄電池は長期間使うインフラ設備ですので太陽光発電設備のPPA 契約のように、設備売り切りではない、サービス事業としての展開も可能です。実際、海外では蓄電サービスとしての提供も始まりつつあります。電池という箱から、新たな使い方と価値を生み出していきたいと考えています」(矢野)

具体的な市場戦略はどのような展望を描いているのか。

「国内では再生可能エネルギーを多く導入している電力事業者や再生可能エネルギー導入に積極的な需要家に重点的にアプローチしています。海外はまず、世界最大市場である北米です。カリフォルニア州では実証実験を終え、商用運転を開始しました。多数の電力会社が長時間用途の電池に関心があり、長寿命で安全なレドックスフロー電池に対する大きな期待を感じます。特に電解液は半永久的に使用可能で、長期間使う程、コストだけでなく環境負荷も低減できます。また、バナジウムの主要産地の一つである豪州では、いわゆる地産地消のモデルとして、現地でパートナーシップを構築しながらレドックスフロー電池を提供する活動を行っています。豪州は環境意識が高く、脱炭素の取り組みが進む地域ですが、雇用も当然重要です。長期的に石炭産業縮退の穴を埋める候補の一つとして、バナジウム関連産業へ大きな期待があります。また欧州でも、ベルギーの工場向けに納入実績があり、欧州各国への拡販を目指しています。今後、コストダウンをさらに進め、レドックスフロー電池を世界中の電力ネットワークでお使いいただき、脱炭素社会構築に貢献したいと思います」(矢野)

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40年にわたって持続した蓄電池への想い
~レドックスフロー電池開発、苦闘の軌跡~

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