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高速・大容量の情報通信を実現する電子デバイスの解析~品質改善のための先進手法~

「5G」時代に不可欠な電子デバイスGaN HEMT

 携帯電話に代表される移動体通信は、国内では2020年春から、一部で5Gの商用サービスがスタートした。高速・大容量、低遅延性、同時接続性といった特長は、生活や社会に大きな変化をもたらすものとされている。この5Gに必要不可欠とされるのが、高速・高出力かつ低消費電力での電気信号の処理を可能にするトランジスタ=電子デバイスだ。住友電工グループは、早い時期から情報通信の未来を見据え、新たな電子デバイスの検討を開始。従来のシリコンに比べて優れた材料物性を有するGaN(窒化ガリウム)という材料に着目し、HEMT(High Electron Mobility Transistor)=高電子移動度トランジスタと組み合わせることで、高速性と高出力を兼ね備えたGaN HEMTを生み出した。住友電工グループは2007年市場に投入、3G基地局に採用された。市場の評価は高く、その後4G、5Gに対応した進化を遂げて現在に至っている。この進化に大きな貢献を果たしてきたのが、解析研である。

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XPS/光電子分光。シンクロトロン光を照射して物質表面の電子状態や化学結合状態などを調べる

モノづくりで発生するプロセスダメージ

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解析技術研究センター 横浜研究部 主幹 斎藤 吉広

 解析研・横浜研究部の主幹、斎藤吉広は入社後16年間デバイス開発に従事しており、その経験を活かして様々な解析に取り組んでいる。デバイス製造における課題の一つに、品質のバラツキがある。多数の工程を経る間にデバイス特性が微妙に変化する現象が生じるのだ。ちなみにGaN HEMTの製造は、簡潔に言えば、基板上にエピキタシー(単結晶が結晶方位を揃えて成長する現象)技術によって、GaN(窒化ガリウム)およびAlGaN(窒化アルミニウムガリウム)の単結晶を成長させ、最後に電極を付けるというもの。
 「私たちの取り組みの一つは、品質にバラツキが発生する原因の解明です。製造プロセスでは、材料である窒化ガリウムにダメージをもたらす工程がいくつかあります。それがどのようなダメージであるかを探るのが私たちのミッション。たとえば、窒化ガリウムは窒素(N)とガリウム(Ga)の化合物ですが、その組成のズレやGaN表面の酸化、不純物混入、結晶構造の乱れなど、多様なダメージを評価し同定していくわけです。ダメージがもたらすのは、GaN HEMTに期待される特性の劣化であり、原因解明は必須です。その解析結果を踏まえて、製造現場では製造条件の最適化を図り、品質の改善・向上につなげていきます。また製造のみならず、製品特性を高める開発などにおいても、解析技術は貢献しています。 結晶構造を原子レベルで解析する際に威力を発揮するのが、佐賀県・鳥栖市の九州シンクロトロン光研究センターに設置した専用放射光実験施設、住友電工ビームライン。競合他社と差別化する要素の一つになっています」(斎藤)

放射光とルミネッセンス。積み上げられる分析手法

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解析技術研究センター 横浜研究部 フォトニクス解析グループ 主査 米村 卓巳

 斎藤が指摘した「放射光」とは、大型の加速器で発生させる非常に強い人工の光であり、ほぼ光速で運動している電子を磁石によって進行方向を曲げたときに放射される、細く強力な電磁波(X線)のことである。この波長が極めて短いX線を材料に照射すると材料から様々な信号が発生する。それらを解析することで、材料の構造や性質を原子レベルで分析することが可能となる。放射光実験施設では、小型の装置よりも1万倍~1億倍の高強度のX線が使用できることから、より詳細な解析を可能としている。当初は、兵庫県にある世界最高性能の放射光実験施設「SPring‐8」などの共用のビームラインを利用してきたが、自社専用のビームラインを佐賀県・鳥栖市に設置、2016年11月から稼働させ、デバイスをはじめとする多様な分析ニーズに対応している。入社後、しばらく放射光分析に関わっていたのが、横浜研究部に所属する米村卓巳だ。現在米村は、放射光をより有効に活用するため、「フォトルミネッセンス」と呼ばれる分析手法に携わっている。
 「フォトルミネッセンスとは、物質や材料に光(レーザー)を照射し、励起された電子が基底状態に戻る際に発生する光を観測する方法です。発生する光は、物質中の欠陥や不純物に影響を受けやすいため、得られた発光スペクトルを詳細に解析することで、物質の欠陥や不純物の情報を得ることが可能となります。GaN HEMTにおけるプロセスダメージの評価手法の一つで、フォトルミネッセンスで得られた欠陥などの情報をもとに、それがどのような欠陥で製品特性にどう影響するのかを放射光や透過電子顕微鏡などを活用して解明していくことになります。こうした解析・分析手法の開発において重要なことは、製造部隊と密に連携して数年先の製品課題を把握し、その課題解決に必要な新しい分析手法の導入や分析技術の開発を先取りして進めていくこと。それが良質なモノづくりを支えていくことにつながっていくと確信しています」(米村)

開発・製造メンバーと解析研の強い連携

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住友電工デバイス・イノベーション(株) 品質保証部 電子デバイス品質保証課 主席 西山 伸也

 GaN HEMTの開発・製造を担っているのは、住友電工デバイス・イノベーション(株)だ。斎藤や米村の取り組みも、同社の技術スタッフとの強い連携のもとに進められている。その一人が品質保証部の西山伸也だ。西山は、これから製品化されるものに加え、出荷される製品の品質を確認・評価し、保証する役割を担っている。
 「GaN HEMTは、長年の知見の蓄積がありますから、製品としては完成しているといえます。しかし、多工程にわたるプロセス周辺で何かしらの不具合が生じ、問題が発生することもあります。そうした際に解析研の存在は心強いです。顧客から高い信頼を維持し続けているのも解析研の存在が大きいと思います。現在、市場の支持を受けて、急ピッチで増産を進めています。解析研とはより強い連携を維持して、高性能かつ高品質のGaN HEMTを市場に送り出していきたいと考えています」(西山)
 今、GaN HEMTは、5Gが要請する高周波数帯に対応するため、より一層の微細化が求められている。従来以上に、高出力の実現も要請されている。同時に市場競争力の維持のためには、高い量産性、コスト優位性を確保する必要がある。GaN HEMTのさらなる進化に向けて、解析研の担う役割は大きい。

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九州シンクロトロン光研究センター外観

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