住友電工の流儀~上田 剛士~
「見えない世界」を「見える化」し、基準作りの一歩を刻む〜理論と量産の間にある“最適解”を求めて~

街の電気店から、命を預かる「絶対品質」の現場へ

私の原点は、実家が営んでいたいわゆる「街の電気店」にあります。子供の頃から、エアコンの取り付けや電気工事の手伝いをしていました。そんな環境で育ったからか、普通高校に通っていましたが、就職を考えた時に「電線を扱っている会社なら馴染みがある」と、住友電工に入社しました。

入社当時は、電線や自動車関係が主だと思っていましたが、説明会で医療関係の事業もあることを知り、興味を持ち希望しました。それが、システム機器工場のME(メディカル・エレクトロニクス)グループ。私が担当することになったのは、血管内のCO2や酸素量を測るセンサーや、「人工血管」の製造・開発です。医療機器、とりわけ人工血管は、患者さんの命に直結する製品です。微細な異物の混入さえ許されない。この開発部門は現在はもうありませんが、この時に学んだ絶対品質へのこだわりが、私の技術者としての最初の土台となりました。

その後、研究開発部門へ異動し、表面処理(めっき)の世界に足を踏み入れることになったのですが、ここで私は大きなカルチャーショックを受けました。製造現場では「不良を出さないこと」がすべてでしたが、研究開発では、正解を見つけるためにあえて「失敗すること」も仕事の一部でした。無数の条件を試し、失敗データの中から正解への道筋を見つけ出す。この重要性も学びました。

「製造現場の厳格さ」と「研究開発の探究心」。180度異なるこの二つのアプローチを経験できたことが、今の私の技術者としての基礎になっていると感じています。

「見えない世界」を「見える化」する仕事

なかでもFPC(フレキシブルプリント基板)の開発は、私にとって大きな転機でした。スマートフォンやPCの中で複雑に折れ曲がるこの基板には、高度なめっき技術が要求されます。当初は不良が多く、なかなか製品として「モノ」にならない状況でした。前処理のわずかな違いや、めっきの厚み、形状などが複雑に影響し合っていたのです。そこで私たちは、量産の一歩手前となる実証プラントを自ら立ち上げ、徹底的に条件を洗い出すことにしました。

そもそもめっきとは、金属製品の性能・耐久性・安全性を高めるために、表面に金属の膜をつくる技術です。製品をめっきしたい金属の成分が溶け込んだ液の中に入れ電気を流すことで、目に見えない小さな金属の粒が表面に付着していき、ミクロン単位の膜になります。その過程は「見えない世界」との戦いなのです。

液の温度、濃度、そして前処理。これらが複雑に絡み合い、計算上は同じ条件でも、現場では全く違う結果になることが日常茶飯事です。研究職のスタッフが論文や理論に基づいて「理論上はこうなるはずだ」と条件を出してきても、実際にやってみると泡の出方が違ったり、電圧が不安定になったりする。

その時、私は単に「できませんでした」とは決して言いません。「現場ではこういう反応が起きています」「泡の出方がいつもと違います」と、現場で感じた違和感を必ずデータとして返します。

時には議論もしながら、理論と現実のズレを埋めていく。そんな試行錯誤の末に量産化プラントが完成し、実際に製品が世に送り出された時は、技術者としての喜びを感じました。

私の仕事を一言で言うならば、めっきという「見えないもの」を「見える化」することだと思っています。研究室のビーカーレベルで成功した実験も、量産で再現できなければ意味がありません。量産現場では、熟練工でなくとも安定して良品を作れる仕組みが必要です。だからこそ、経験に頼るのではなく、「温度は何度、時間は何秒」という様に数値を明確化する。つまり量産のための「基準」を作ることが重要です。ゼロからイチを生み出す研究者と、イチを大きな数字にする量産工場の間に立ち、その架け橋となる「最初の確かな一歩」を固めるのが、私の役割です。

めっきの実習
めっきの実習
真剣な眼差しで後進の指導を行う
真剣な眼差しで後進の指導を行う

基本に忠実に、モノからの「声」を聴く

2023年、私は全社の「エキスパート」に認定されました。現在は自身の技術研鑽に加え、SEIユニバーシティ*1の講師として、若手技術者への指導にも力を入れています。

講義では「ハルセル試験*2」などの実技を通じてめっきの基礎を教えますが、私が若手に対して事あるごとに伝えているのは、「基本に忠実であること」、そして「モノをしっかり観ること」の二点です。

いきなり応用や近道をしようとすると、必ず迷子になります。まずは教えられた通りの基本条件を忠実に守る。その上で、液の中で起きている反応をじっと観察する。泡の大きさ、色の変化、音。データには表れない「モノからのメッセージ」を感じ取れるようになって初めて、イレギュラーな事態にも対応できる本当の応用力が身につくのだと信じています。

これからは、めっきをするだけでなく、その出来栄えを評価する技術――例えば断面観察や研磨といった分野も、さらに深めていきたいと考えています。そして、自動車部品やハーネスなど、まだ経験したことのない分野の依頼が来ても、「上田に任せれば何とかしてくれる」と言ってもらえるような、懐の深い技術者であり続けたいと思っています。

「見えない」ミクロの世界を「見える化」し、基準作りへの一歩を刻み続ける。それが私の挑戦です。

*1:「SEIユニバーシティ」は住友電工グループの教育研修体系の総称
*2:台形型の小型試験槽(ハルセル槽)を用いるめっきの電着試験。めっき浴の状態を少量の液で一気に可視化できる

PROFILE

上田 剛士 Tsuyoshi Ueda

1992年
住友電気工業(株) 入社

1993年
システム機器工場 MEグループ(CO2センサー、人工血管の製造・検査・滅菌)

1994年
大阪業務課 第三掛 バイオマテリアルグループ(人工血管製造および開発)

2003年
研究企画部 大阪業務グループ 第二掛 電気化学グループ(Alセルメット製品開発、Niセルメット不良対策)

2011年
伊丹TTC めっき品質安定のための実践技術研修 講師

2022年
研究企画業務部 開発業務部 大阪業務グループ 第二掛 電気化学グループ(FPC基板製品開発および不良対策)

2023年
全社エキスパート*認定

*エキスパート:住友電工では「モノづくり」の根幹を支える技能に焦点をあて、技能の維持・向上、継承を図るために、重要技能を有する社員を「エキスパート」として認定しています。

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