自動車の未来を紡ぐ〜住友電工が描く自動車新時代〜
「オールアルミハーネス」へのステップ
山野が取り組んだ防食技術を示すためには、アルミの腐食メカニズムを知る必要がある。アルミハーネスはアルミ電線と銅母材の端子との接続部を有している。銅とアルミが接触した部分に塩水などの電解液が付着すると、いわゆる異種金属接触腐食が発生、アルミが激しく溶出することになる。この腐食の発生こそが、ハーネスのアルミ化を長年妨げてきた大きな要因の一つでもあった。したがって、アルミハーネスの車載化にあたってこの異種金属接触腐食は、解決しなくてはならない重要な課題とされてきた。山野が着手したのは苛酷な環境下で使用されている自動車の実地調査である。
「腐食環境として最も懸念されるのは、塩水などの電解液の付着であるため、電解液の付着しやすい地域の経年車両の調査を進めました。具体的には、塩化物付着が多いことが知られている中東地域、融雪塩の付着で腐食問題が顕在化している北米、さらにはスコールなどで車両への浸水が起こりやすい東南アジアなどの地域です。塩の濃度を定量化し、腐食発生と塩の濃度との因果関係を明確にしました」(前出・山野)
さらに調査を通じて判明したのが、車両には環境上どうしても塩水の付着が避けられない部位があり、この部位にあるハーネス接続部の端子圧着部が腐食してしまう。課題は明確となった。アルミハーネスの車両搭載における、アルミ電線端子圧着部の防食技術の確立である。様々な検討の結果、防食のためにはアルミ導体露出部に加えて端子後端部も隙間なく保護することが必要であり、そのため、圧着部も含め端子後端部など全体を樹脂でモールドする方法が採用されたのである。
こうして住友電工グループの「社運を賭けた一大プロジェクト」で生み出されたアルミハーネスは、競合他社より技術的総合力の優位性が評価されて採用が決まり、2010年、車両搭載に至ったのである。材料開発から量産技術まで、一気通貫で実現し得る住友電工グループの総合力が認められたのだった。住友電工グループのアルミハーネスは、現在、国内外の多くのカーメーカーに供給されており、日本国内のみならず、欧州、米国など世界中で使用されている。その確かな信頼性は高い評価を受け、当初の目的であった車両軽量化にも寄与。CO2排出削減に向けて大きく前進した。
さらに、住友電工グループは早い時期から「オールアルミハーネス化」を打ち出しており、グループ独自にアルミハーネスの研究開発を進めてきていた。その成果の一つが、2015年に車両搭載された「高強度アルミ電線」である。それまで振動の問題があり、アルミハーネスのエンジン周りへの使用が課題となっていた。目指したのはエンジンの振動屈曲に耐えるアルミハーネスであり、最終的に銅電線と同サイズで、強度、導電率ともに、住友電工グループの技術力の高さを遺憾なく発揮したものとなった。
自動車の近い将来を見据えた場合、一層のエレクトロニクス化の進展でワイヤーハーネスの搭載量が拡大することが見込まれており、その際に、従来より軽量化が見込まれるアルミハーネスの重要性はより高まると考えられている。さらに、世界的な潮流になりつつある電気自動車への対応も求められる。電気自動車は大電流が必要とされ、アルミ電線も必然的に太径にならざるを得ない。「太径化を抑制しつつ大電流に対応するアルミ電線」(前出・大塚)開発も大きなテーマだ。加えて、電気自動車では電気を大量に消費することから、発熱への対応も開発テーマの一つとなっている。
自動車新時代を主体的に切り拓く
住友電工グループではすでに、来るべき自動車社会を見据えた取り組みが開始されており、グループ横断的に戦略型のタスクフォースも発足している。「自動車は現在、ハイブリッド車や電気自動車に見られる電動化、そして情報通信技術の進展による知能化という新たなフェーズを迎えつつあります。電動化、知能化によって産業参入障壁は下がり、ユーザーにおいても所有するのではなくシェアリングが進展する。新しいプレイヤーによる新たな付加価値の提供、新規のビジネスモデルも生まれてくるでしょう。そうした状況に対して、スピード感を持って自動車新時代に対応したオリジナルの付加価値の創造に挑んでいきたいと考えています」(住友電工執行役員・井上雅貴)。井上は、音楽サービスに例えて、こう指摘する。音楽の携帯が可能になり、聴きたい音楽のサービスをシェアリングという形で享受できるようになっている。所有ではなく、いかに使用するか、どのようなサービスを提供できるか。今後、自動車にも同様の変化が起こると考えられる。自動車は多様なサービスを享受するモビリティ空間となるのかもしれない。
しかし、自動車のあり方、構造がどのように変わろうとも、自動車内でエネルギーと情報の伝送を担うワイヤーハーネスは、形は変わっても「自動車のインフラ」(前出・清水)であるという点は変わらない。ただ、カーメーカーのニーズに応じ部品を納入するスタイルからの脱却が要請されていることは間違いないことだ。「当社グループはカーメーカーのTier1(一次請負)として事業を展開してきましたが、これからはTier0.5を目指す必要があると考えています。どう変えたいか、何を提案していくか。自分たちが自動車のあり方を変えていく。それが当社グループのミッションであるとも考えています」(前出・井上)。
住友電工グループは、カーメーカーのみならず、電力、通信などの、幅広い事業者とコラボレーションを可能としているのも大きな強みだ。それらの他社にはない強みを十全に発揮することで、主体的に新たな付加価値、サービスを提案、発信していく考えだ。その意欲とスタンスが、自動車の新たな未来を紡いでいく──。