いかに光信号を劣化させないか。研究開発で20年
人間の髪の毛ほど細いガラス繊維の中心部に光信号を閉じ込めた光ファイバは、海底をはじめ世界に張り巡らされ、高度情報化社会を支えています。現在、1年間に世界で敷設される光ファイバは約5億㎞。地球から火星までの距離が平均約2億2500万㎞ですから、その約2倍と天文学的な数字です。今後さらに増加する予測です。
光ファイバの需要が年間数万㎞だった1980年代に入社した私は、約20年間、光ファイバの研究開発に携わり、いかに光信号を劣化させないかをテーマに挑んできました。
入社当時、私が担当していたのは10年先の光ファイバの研究でした。着実に研究開発で結果を出している同期とは違い、新しいガラスの合成方法や新設備の開発に追われる私は、数年間、製品化に貢献できませんでした。モノづくりがしたくてメーカーに入社したのに、まったく役に立てていない。焦りが募りました。
ようやく先輩とともに開発をしたのがエルビウム添加光ファイバ(EDF)と呼ばれる新製品でした。長距離伝送では光信号が弱くなってしまうため、光信号を増幅して送り出す必要があります。従来は光信号を一旦電気信号に変え、再度光信号に変える非効率的なしくみでしたが、光信号のまま増幅する新技術の開発に成功。世界で初めて、日本の通信キャリアのお客様に採用いただきました。
鹿児島・沖縄ルートの中継器に導入された1995年、世の中の役に立ったことが本当にうれしかったです。開通のニュースを聞いた後、「今電話をしたら、おれたちのEDFが通っているんじゃないか」と、冗談まじりに仲間と一緒に沖縄に電話をしたことを覚えています。
以来、情報化社会の進展を支える新技術、新製品の開発に関わることができました。
今では自らが開発に直接関わることはないですが、事業部の新製品/新技術が実用化されるときは、今でも同様にワクワク感が湧いてきます。
肩書きの違いは、役割の違いに過ぎないと実感
2007年、研究開発から事業部へ異動になりました。異動先の光通信事業部は、光ファイバとそれを使った光ケーブルを製造して国内外に販売しており、お客さまのニーズを吸い上げ、モノづくりを担う事業の最前線。研究開発とは異なる組織風土と感じました。
20年間、研究開発にいた私は、マネジメントにおいて自分の意見を強く押す傾向にありました。ところが、新しい組織では、それがまったく通用しません。
事業部は尚一層チームワークが強く求められ、それを発揮できたときの成果が大きいこと、そして肩書きの違いは、役割の違いに過ぎないことに気づきました。現場がいちばんよく知っている、まず現場の意見を聞くべきだと発想を変えました。
さらに発想の転換ができたのは、海外での経験です。世界各国の顧客やパートナー企業と話をすると、社内での議論は肩書を越えて実にフランクです。「組織はああでないといけない」と思いました。
現在は、部下から事実を正確に聞いて状況を把握し、まずはこれに対する部下の考え・言葉を待つマネジメントです。研究開発時代の部下たちには「私たちの上司だったころとまったく違う」と驚かれることもありますが、研究時代に積み重ねた経験に加えて自分のマネジメントの意識が変わったことで、社内外にさらに人脈が広がりました。
グループの強みを統合した差別化製品を拡大
現在、私が部長を務める光通信事業部のマーケットは、大きく分けてキャリア(公衆通信)市場とデータセンタ市場があります。
公衆通信は社会的に重要な事業であるために、各国の国策で数量は拡大していきます。ところが重要なインフラであるだけに、光ファイバには相互接続性を確保するための世界規格があるなど、コモディティ化しやすい製品です。
こうした環境で事業を成長させていくために、私たちはグローバルに地域や顧客のニーズを的確に把握し、差別化した新製品を開発して実用化することに注力しています。40年間以上にわたって技術力を軸に事業を進めてきた当事業部のあるべき姿です。
データセンタ市場では、生成AI対応の需要が伸びており、データセンタ内のコンピュータを光配線でつなぐ需要や、AIが生み出す情報を他のデータセンタやユーザーに送る高密度/高効率光配線接続需要が、今後も増えていくと考えています。
データセンタ内でコンピュータ間をつなぐ光配線接続では、当社の光機器事業部とタッグを組み、住友電工グループの強みを統合して最大限に生かした製品を拡大していきます。
その中で通信の高速大容量化に応えるマルチコアファイバ(MCF)ソリューションにも注力しています。従来のファイバは髪の毛ほどの直径に光が通るコア部分が1本あるだけですが、MCFは1本の光ファイバの中にコアを複数内蔵する伝送密度の高い製品です。伝送量の増加にともない光ファイバの本数が増えて光ケーブルの直径が大きくなると、敷設工事が大がかりになり、配線も複雑化しますが、MCFはこの課題解決に寄与します。また光ファイバの製造過程、ケーブルの材料削減、さらにはケーブル輸送時の軽量化で、CO2削減にも大きく貢献します。
インフラ投資は世界の景気に大きく左右されるため、事業を振り返ると苦しい時代が何度もありました。そのときに何をし、どう乗り越えたか、何が足りなかったかを検証しながら、常にポジティブに、夢をもって前に進もうと社内で話をしています。
そこでベクトルとして重要なのは、仕事の意義への認識です。光ファイバ、光ケーブルはこれまで世界で40億㎞以上敷設され、現在のインターネット社会を形成しています。私たちは国家インフラへの貢献を担える実績と実力があること、今後もさらに力を磨いて社会的使命を果たしていくことを、社内で繰り返しメッセージしています。
「挑戦にムダはない」という社風に支えられて
住友電工グループの強みは、幅広い事業を展開し、それら事業を担う多彩な人財がそろっている点だと思います。そして事業を拡大できた理由は、熱意を持って挑めば全面的に後押しする社風にあると考えています。「まず、やってみる」。先輩方が挑戦してきた結果です。
たとえば光ファイバの材料はガラスですが、事業を始めるまで住友電工はガラスを製品の主材料として扱ったことはありませんでした。しかし1960年代に通信でガラスが使えそうだとわかったときに、銅線を使っていた先輩方はひるむことなく「ガラスを1から学んでも、やるんだ」と材料開発から挑みました。挑戦にムダはないという社風に、私も支えられました。
研究開発に配属されて結果を出せずにいた20代の私に対し、主任研究員は「どんどん人を紹介するから、大学の研究室も訪ねなさい」とアドバイスをくれ、人脈をつないでくれました。そして研究所長には、こう背中を押されました。
「研究テーマというものは常にうまくいくものではない。今のテーマが成功に結びつかなくても、そのプロセスで生まれた知見や要素技術は学会や大学に貢献できるし、学会に発表すれば会社にも貢献できる。さらに将来の研究テーマに活用できる可能性もある。今、築いている人脈は、必ず次の仕事に生きてくるよ」と。
研究開発やその先のビジネスで挑戦する風土に加え、最近は全社的に組織の風通しがよくなってきたと感じています。かつて技術屋にとって、経理や法務、人事はやや遠い存在でしたが、今は違います。開発や事業の転ばぬ先の杖として、細やかにマネジメントやサポートをしてくれて心強い限りです。
一体感がさらに強くなったことで、住友電工グループがより良い社会の実現に一層力を発揮できると思います。
PROFILE
大西 正志 Onishi Masashi
1987年
住友電気工業株式会社 入社
2014年
光通信事業部海外技術部長
2017年
光通信事業部企画部長
2021年
光通信事業部長
2022年
執行役員 光通信事業部長