いくつもの関門を超えて生まれた絆
世界初の最高電圧400kV
直流XLPE絶縁ケーブルの意義
「住友電工グループの絶縁技術がなければ今回の受注もなかったでしょう」と語るのは、本プロジェクトの据付工事担当者の宮崎拓哉である。このプロジェクトには、住友電工グループが世界で初めて製品化した最高電圧400kVの直流XLPE絶縁ケーブルが採用された。
NEMOプロジェクト推進室室長・浅井晋也は、XLPE絶縁ケーブルについて次のように解説する。「住友電工グループは1980年代から独自にポリマーによる絶縁技術の開発を続けており、直流送電用ケーブルで使われるXLPE絶縁材料の研究で一歩リードしていました。今回Nemo Link社から要請された電圧は400kV。それほどの高電圧で直流のXLPEケーブルシステムを開発し、国際標準に準じた1年間の長期課通電試験を完了・製品化していたのは当社だけでした。また、XLPEなら従来のケーブルに比べ許容運転温度が高く、同じ導体サイズで、より大きな送電容量を得ることができるので、コスト競争力も発揮でき、これも本案件受注の大きな要因のひとつとなりました。さらに、絶縁材料に油を用いる従来のケーブルに比べ、ポリマーで絶縁するXLPEは、環境に優しい点も評価されました。」
直流400kVクラスのXLPE絶縁ケーブルが、世界で初めて採用される。電力業界にとって画期的なプロジェクトとなることは間違いなかった。
高圧直流ケーブルの新しいスタンダードを作った
入札参加のチャンスが来た。ケーブル技術にも、製造から納品までの工程管理にも自信がある。しかし、ヨーロッパと日本では取引形態が大きく異なっていた。ヨーロッパでは、ケーブルを製造・供給するだけの取引はほとんどなく、システム設計、敷設工事まで含めたEPC(Engineering, Procurement and Construction)と呼ばれるパッケージ契約が標準であったため、敷設工事まで完遂できる体制とノウハウが必要不可欠であった。
古橋と社内のチームメンバーは、ヨーロッパでのプロジェクトの経験・知見を持つ施工会社探しに奔走した。実績のない住友電工グループに協力してくれる施工会社を探すことは困難を極め、見積りすら断られることもしばしばあった。ヨーロッパ中の施工会社を探し回ること数か月、ついに陸上部分の工事を請け負うBalfour Beatty社と海底部分の工事を行うDeepOcean社に出会う。DeepOcean社のダニー・ケルカー氏は要請に応じた理由をこう語る。「以前、別の案件で住友電工のケーブルを扱ったことがあります。素晴らしい技術でした。住友電工グループと今回の契約を結べたことを喜ばしく思っています。」住友電工グループへの信頼が、パートナーを繋いだのだ。こうして、施工会社の意見・サポートをもらいながら入札書類を作成した。1年かけて完成した入札書類は、厚さ10cmのファイル、全20冊にも及んだ。
しかし、本当の勝負はここから始まることとなる。入札書類は提案書のような扱いで、入札後に各社との交渉を通じて受注企業が決まる。
商慣習も日本とはまったく違っていた。ある日、交渉の席に古橋が単身で向かった時のこと、クライアント側には弁護士が数名同席していた。「法律の専門家を連れて来ないで何しに来たんだ、という雰囲気でした。ヨーロッパの交渉の仕方をまったく知らなかったのです」と古橋は回想する。すぐに古橋は、ヨーロッパの契約を熟知している弁護士、コンサルタントなどを集め、本格的な交渉の準備に入った。
入札後の交渉は、実に2年にも及んだ。ヨーロッパでは歴史的、文化的な背景の違いもあり、日本では考えられないような点まで契約条件を詰めていく。交渉の途中、何度か諦めかけたこともあったが、古橋を思いとどまらせたのは自社に蓄積された技術への自信だ。「契約にこぎつければ、わが社のプロジェクト部隊はどんな問題も乗り越えて最後までやり遂げる。それを疑うことはありませんでした。」
何度も交渉の場が持たれ、先方から不安の声を聞くと幹部や社内の多くの関係者と連携を取り解決に向けた提案を繰り返し行うことで、一つひとつ条件をクリアしていった。2015年、紆余曲折を経て、ついに1,000ページに及ぶ契約書が完成。ロンドンにおいて、Nemo Link社並びに出資しているNational Grid社とELIA社の幹部、住友電工グループの幹部、そしてイギリス、ベルギー両政府関係者が一堂に会し、盛大に調印式が開催された。Nemo Link社と住友電工グループ関係者ともに、長きにわたった契約交渉を振り返り、感慨もひとしおだった。それは住友電工グループが欧州企業以外で初めてヨーロッパの国際連系線市場に参入した瞬間だった。