日々繰り広げられるセルメット®の開発会議

金属多孔体「セルメット®」の応用展開への挑戦~水素社会をたぐり寄せるために~

HEV用ニッケル水素電池に貢献するセルメット®

日本の自動車メーカーが世界で初めて生み出したHEV。駆動のためガソリンエンジンとモータの両方を備え、できる限り電気で走行することで燃費を向上させ、CO2の排出を軽減することができる。このHEV に搭載されるニッケル水素電池の材料に採用されたのがセルメット®であり、環境に優しいHEV車の普及とともにCO2排出の抑制に貢献してきた。ニッケル水素電池は充放電サイクルが多いHEVで使用した場合でも長寿命であり、低温に強く、安全性が高い。このニッケル水素電池で培った技術と生産力を活かし住友電工グループが取り組んでいるのが、「水素」をテーマにした用途開発である。

水素社会の イメージ
水素社会のイメージ

固体酸化物形燃料電池「SOFC」への適用

エネルギー・電子材料研究所 金属無機材料技術研究部 電気化学グループ 主席 奥野 一樹
エネルギー・電子材料研究所 金属無機材料技術研究部 電気化学グループ 主席 奥野 一樹

セルメット®の研究開発を担うのが、住友電工のエネルギー・電子材料研究所の金属無機材料技術研究部・電気化学グループである。入社以来、20年近くセルメット®の開発に取り組んできたのが、奥野一樹だ。

「私がセルメット®に関わるようになった2005年、ちょうど金属異物混入不具合問題が発生し、その課題解決を機にHEVへのセルメット®の採用が急増していきました。ただ私たちは当時から将来の需要減少に危機感を持っていました。そこで2008年から新しい応用展開の検討が始まりました。その一つが水素で発電する燃料電池への適用です」(奥野)

水素を用いた発電には、水素の燃焼時の熱エネルギーを利用する方法と水素と酸素から直接電気エネルギーに変換する方法があるが、後者は燃料電池と呼ばれ、エネルギーの変換効率が高いことから注目を集めている。すでに、家庭用燃料電池は広く認知され、業務用・産業用燃料電池の普及も始まっている。燃料電池は反応生成物も水のみとクリーンであるため、今後、一層の応用展開への期待は大きい。特に700℃以上もの高温で作動する固体酸化物形燃料電池(SOFC=Solid Oxide Fuel Cell)は、白金触媒のような高価・希少な材料が不要であるという利点があり、この集電体としてセルメット®の適用を目指した研究開発を担っているのが、沼田昂真だ。

エネルギー・電子材料研究所 金属無機材料技術研究部 電気化学グループ 主査 沼田 昂真
エネルギー・電子材料研究所 金属無機材料技術研究部 電気化学グループ 主査 沼田 昂真

「SOFCには柔軟性のある集電体が望ましく、セルメット®を適用することで性能の向上が期待されています。問題はSOFCに投入する空気によって酸化劣化すること。そこで開発を進めているのが、ニッケルコバルト合金によるセルメット®。コバルトが持つ物性により、酸化しても通電、ガス拡散などの機能に影響を与えません」(沼田)

セルメット®のSOFCへの適用は、燃料電池市場の中でも新しい試みであり、コバルト使用の最小化による低コスト化、ニッケルとコバルトの組成比率の最適化、ガス拡散のためのセルメット®構造最適化など、「実用化へあと一歩」というフェーズにある。

「水素製造装置」でのセルメット®適用

一方、奥野が担うのはセルメット®の「水素製造装置」への適用である。水素製造に用いられるのが水電解であり、水を電気分解して水素を製造する。その水電解で、金属多孔体を電極に適用する研究開発が進められている。

「電極にセルメット®を使った高比表面積電極を適用することでさらに効率良く水電解を進めることが可能となります。水電解においてネックとなるのが、大量の電力消費です。セルメット®を適用すれば、少ない電力で水素を製造することが期待できます。さらにニッケルの表面改質技術の開発によって、水電解の電圧低減を実現したいと考えています」(奥野)

奥野が指摘するように水電解の高効率化は重要な技術課題だ。大量の電力使用はランニングコストにも影響を与え、水素社会の実現はもとより、その拡大・普及のつまずきの石になる。その意味でも、セルメット®による水素製造の低コスト実現には大きな注目が集まっている。水素製造装置に関しては、国内においては実証プロジェクトが開始された段階だ。しかし2025年から2030年にかけて、市場は急激に立ち上がると見られており、その約20年後に市場規模は数十倍に膨れ上がるとされている。セルメット®が活躍する新たな舞台が用意されるのは、さほど遠い未来ではない。

燃料電池評価設備
燃料電池評価設備
水電解性能評価設備
水電解性能評価設備

NEXT

脱炭素社会の実現に大きく貢献するセルメット®
~「燃料電池」「水素製造装置」にフォーカス~

(5)